(お題ss)扉を。
扉がふたつ、僕の目の前にある。
それは同じ作りのシンメトリー。
きっと、どちらを選んでも正解、あるいは不正解だろうと思う。
逃げ道は、どこにもない。
僕は始めからここにいたわけじゃない。
単に連れてこられた。
そう、強い力によって、だ。
考える暇も、抵抗する隙もないくらい、あっという間さ。
それからしばらくは何もない、退屈な日々が続いた。
それでも誰かの手で、準備が着々と進んでいったよう。
誰かが勝手に決めた、今日という日を静かに迎えたんだ。
「なぁ、選ばなかったらどうなるんだ?」
僕は椅子から立ち上がり、天井目掛けて言った。
窓のない部屋に声は反響していく。
高い天井の端まで届いた頃、スピーカーから感情のない、ハスキーがかった声が響いた。
「選ばない、選択肢は、ない」
それだけ言うと、マイクの電源が切れるプツッという音の余韻だけが残った。
「…へえ。じっくり考えさせてもらうわ」
スピーカーに向け吐き捨てるように言い、またイスに座り直す。
きっと、監視カメラ越しに見える僕の顔はニヤついていただろう。
それを想像するだけで愉快だ。
「結局、自分の責任って話だろ?」
誰に聞かせるでもなく、僕は呟く。
そして、過去に思いを巡らせた。
─初めは、確か近所のおばさんだったかな。
いつも、音がどうとか小うるさかった。
言い方もまだるっこしくて、肝心なことは誤魔化すのもうざったかったな。
その日もネチネチ言われたから、思わず、ね。
よく考えれば、怒ってたわけじゃないんだな。
きっとそうしたかったから、そうした。
今思えばだから、当時のことはよく覚えていない。
──でも、所詮その程度のこと。
ちょうど良いところに、川があって落としてさ。
すぐに捕まると思ったらその日に大雨で氾濫だなんて、ついてないよな。
おばさん、単なる事故になってた。
…本当にそうだったかは、正直どうでもいい。
誰がついてないのかも、ね。
そのあとは、バイト先のリーダーだったか。
元々正義感が強いやつだったな。
店長ともしょっちゅう喧嘩してて、繁華街のやつらからも白い目で見られてた。
僕にもぐだぐた言ってたな。
あいつ、声がハスキーでうるさかったな。
ちょっとバックれたぐらいで、さ。
わざわざ家まで来やがって、働かせようと連れて行くんだと。
なんか無性にむしゃくしゃして、店に着いた瞬間に後ろから…さ。
でも、繁華街も近いし、さすがにそのままにはしておけないなって。
結局店ごと燃やした。
そしたら、近所の目は怖いな。
あっという間に嘘が真実になったよ。
店主への恨みを晴らすために火をつけた、だって。
あいつも浮かばれないな。
それも僕の知ったことではないけど。
そんなことを繰り返してさ。
5人まではちゃんと数えたが、それ以上はもう忘れた。
ようやく捕まったと思ったら、最後は自分で選べだってさ。
そういえば、僕を捕まえた奴らって誰なんだ?
警察かと思ったが、多分違う。
なんとなく、この世ではないようにも思えるが、気のせいだろう。
…腕をつかまれた時、やけに冷たかったな。
そんなことを考えていたら、スピーカーから声が響いてきた。
「まだ決まらないんですか?だから、いつも言ってましたよね。ちゃんとしてないと、お天道様が見てますよって──」
…いつもってなんだ?
さっきもそうだが、どこかで聞いたことあるような声。
ねちっこい言い方が脳裏をくすぐる。
背筋がやけに冷えていた。
思わず椅子から腰を浮かし、辺りをうかがう。
何も、変わっていないが、空気が違うは分かる。
…いや、扉も少し開いている?
扉から視線を外せない。
ゆっくりと、少しずつ。
けれど確実に開いていく。
開く音はしないが、空気が流れ込んできた。
生ぬるい、腐った臭いが。
思わず、臭いから目を背けた。
嗅ぎ慣れたはずの得体のしれない腐臭が部屋を包む。
──ギィと、音が鳴るのが聞こえた。
続けて、湿った音が空気を引きずるように聞こえる。
ようやく鼻が慣れ、再び視線を戻すと──緑色の指先が、扉の隙間から覗いていた。
指の付け根に輝く宝石があった。
「見たことある、指輪…」
思わず反射的に呟いた。
──たしか、6人目の。
ハスキーな声、ねちっこい口調、そして、指輪。
なんだ、全て僕の犠牲者か。
ようやく連れてきた奴らが分かった。
きっとこれから扉から溢れかえるんだろう。
口元が歪むのを止めることは出来なかった。
僕は手を広げて、祝福する。
まるで旧知の友人に会えたかのように。
「──また、会えたね」
扉から、なにがでてくるんでしょう?
お題、ありがとうございます!
