片想い文芸部│クリスマスイブの空気
〈雨は夜更け過ぎに、雪へと変わるだろう──〉
スピーカーからきらびやかなBGMが流れ出す。どこにでもある深夜のコンビニに流れる都会の冷たい空気は暖められていく。12月特有の浮ついた雰囲気では、レジの電子音ですら祝福しているように聞こえる。
(──息苦しいなぁ)
コンビニのレジの中で二人は同時に呟いた。
そう、それはきっと曲のせいで、季節のせいで、自分のせいではない。ひとしきり言い訳を頭に浮かべてから、そっとため息を漏らす。外だったらきっと白い吐息が漏れてバレたかもしれないけど、ここは暖かい店内だ。
暖かすぎて、恥ずかしくて、今すぐに逃げ出したい。だけど、逃げられない。逃げてはきっと、いけない気がする。
────
「──ねぇ、明日さ。暇?」
帰宅ラッシュのピークがようやく過ぎた。荒れた戦場のようになっている店内を片付けていると、ふいにレジの方から声が聞こえてきた。
(誰かと話しているのかな?)
僕はそう思って気にせず作業を続けた。しゃがみ込んで、一つ一つを丁寧に揃えて並べていく。
(この作業、ほんとに好きだなぁ。天職ってこういうのかもしれない)
ゲームをしているように淡々と、スコアを稼いでいく。
2工程でできたら2ポイント。おっと、賞味期限が近いのを見つけて8ポイント。そんなことを心の中で呟きながら手を動かしていく。チラホラと来る客のことはレジにいる彼女に任せて、自分の作業に集中していく。
彼女とはしょっちゅう組み合わせがかぶる。今では喋らなくても阿吽の呼吸で進んでいく。
(やっと最後の列だ──)
座ったまま視線を右にずらすと、いつの間にか誰かの足が横に見えた。
「あ、失礼しました」
客かと思って詫びるために立ち上がる。顔を上げた先には、レジにいたはずの彼女が何かを言いたげに立っていた。
「ねぇ、聞こえてた?明日、暇かって聞いてんだけど」
彼女は怒っているのか顔を真っ赤にしていた。腰に当てた手は少し震えている。
「あ……えっと……、はい?」
僕は彼女から漏れ出ている妙な圧を感じて、ごまかすような返事を返した。
「だ、か、ら!」
彼女はその場からぐいっと一歩近づいてくる。
「あ、はい。明日は明日は……。あれ、明日一緒にバイトでしたよね?あ、急に休みたいってことですか?ああ、はい、クリスマスですもんね。いいですよ。僕、やっとくので──楽しんでくださいね」
彼女から目を逸らしながら訳知り顔で早口に返事をする。なぜか、少し残念に思えた自分を不思議に感じながら。
「違う。バイトの、あと!」
横目で見た彼女の顔は、店内に飾られたリボンのように赤くなっている。冷蔵庫のブーンと言う音が、妙に心臓に響いてドキリとした。
────
(いつ言ったらいいのよ……。今でしょ、って言うのは簡単なのにね)
私は座り込んで品出しをしている彼の後ろ姿を、レジからじっと眺めていた。退屈な作業のはずなのに、いつも真剣なあの姿が妙に目に留まる。
(昔からおんなじなのよね。私の気持ちと一緒で変わらない)
客が来ない夜は心のため息も増え続ける。誰にも聞こえないように隠し続けた気持ちは、夜には溶けない。
彼とは高校生の頃に出会った──そのこと、彼は覚えているのかな。
なんとなく学校へ行きたくなくって、ゲームセンターで音ゲーをしてサボってた。ゲームをしてても心はそわそわしていて、どこか落ち着かない。
(あんなに言わなくてもいいのに、なんで私ばっかり……)
昨日、友達から理不尽に怒られた。たぶん、髪の毛を染めていて目立っているからなのも分かっている。
だけど、受験が近くなったらなのか、友達は少しずつ離れていった。
「みんな、内申を気にしているんだよ」
あの時の嫌みったらしい声が妙に頭に響いて離れない。楽しかった学生生活は、途端にセピア色に変わっていった。
「ああ、もう!うまくいかないなぁ」
画面に表示された【失敗】の文字が自分に向けられたようで、思わず叫んだ、その時だった。
「あ、あの〜……大丈夫、ですか?」
背後から弱々しいけど、優しい声が聞こえてきた。
まさか誰かに声かけられるなんて思っていなくて、私は思わずびっくりして振り向いた。その時の彼の顔は今でも忘れられないくらい──面白かった。
自分から声をかけたのに、私の顔を見て怯えてた。たぶん、思っていたのと違ったんだと思う。けど、目を逸らしながらだったけど、喉をごくんと鳴らしてから、彼はもう一度口を開いた。
「いや、あの、ごめんなさい。……でも、なんか、寂しそうで──僕なんかが声をかけてすみません!」
それだけ言うと、彼は走ってどこかへ行ってしまった。
それだけ。たったそれだけのことだったけど、私のことを気にかけてくれる人がいたことが嬉しかった。
「──なんだったのかなぁ」
彼の背中を追いかけるように、言葉をこぼした。
それからは避ける友達も気にならなくなった。
(だって、私のこと、気にしてくれる人はいるから)
あの時の彼はどこの誰かも分からない。もう会うこともないのかな、なんて思っていた。それでも心の中に、確かに彼はいた。
サークルの帰り道、たまたま降りた駅のコンビニ。少し酔った火照りを覚まそうと、ペットボトルの水をレジに持って行く。
「150円になります……」
頭の上から気弱な声が降ってきた。聞いたことのある声。弱々しくて、でも、優しい。
ハッとして顔を上げると思った通り、目も合わず、少し怯えているように見える。けれど、あの時より大人っぽく感じた彼がいた。
釣り銭機にお金を入れたら声をかけようと思っていたのに、いつの間にかもういなくなっていた。お店を見渡すと、遠くの方で真剣な顔をして商品を並べている姿が見える。きっと、お酒のせいだけど、妙に鼓動が早くなった。
お店の入り口に店員募集の張り紙を見つける。なんとなく写メに撮っておいた。
────
そうして、流れに身を任せた結果が今だった。一緒に働き始めたけど、何も変わらない。びっくりするほど変わらない。
いつものように誰かに怯えながら、それでも、一生懸命に仕事をする。私はその背中に言葉を何度もこぼす。伝わらなくてもいいから。
今日もそうだった。せっかくのクリスマスイブの夜なのにいつも通り。一緒の時間を過ごせるって喜んだ自分が馬鹿みたい。でも、やっぱり嬉しい。重たい女なんだなぁ、私。
忙しい時間もようやく終わって、ちょっと話しをしようと思ったら、またいなくなっていた。遠くのデザートコーナーで品出しをしている背中が、棚と棚の間から見えた。
「──ねぇ、明日さ、暇?」
私は背中に向かって言葉をこぼした。それでも、その背中は動かなかった。
────
空気はずっと暖かいまま、動き出すきっかけを待っている。あの曲はエンディングに向けて、まさにピークを迎える。
「あ、えっと……」
彼は言葉を考えているのか、目があちらこちらに動いている。私は黙ってじっと待っている。
──ピン、ポーン
来客を告げるチャイムが響いて、空気が動き出した。
「い、いらっしゃいませ!」
初めて聞いた、彼の大きな声。
(逃げられたかな……)
私はしょげた気持ちと向き合えず、その場から動けないでいる。
どこかで喉が鳴る音が響いた。
「──暇ですよ」
BGMに隠れるほど小さな声が聞こえた。たぶん、きっと、間違いない。
思わず顔を上げると、彼はもうレジにいた。相変わらず目は合わない。合わせていない。
浮ついた空気が収束するまで、あと1時間半。それまで、耐えられるかな。少し心配だけど、随分待ったから大丈夫。
そう、自分に言い聞かせた。雪は降ってないけど、ガラス越しのネオンが綺麗に見えた。
後記)
クリスマスって、大変なんですよ。
今ならこれくらいに戻りたいなって思ったり、でもやっぱり今が良かったり。
そういうのって、ありますよね。
常にあるではなくって、その時々の嬉しさって。
そんな出会いを書いてみました。
みなさん、メリークリスマス!
