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(お題ss)焼きたてのパン

 机では焼きたてのパンが一つ、ゆらりと湯気を立てていた。
一口分だけ齧られている。
けれどそれを食べる私は、どこにも見当たらない。
まるで、はじめからそこに存在しないように。
あるいは手品のように、煙となって消えたのかもしれない。

 窓の外ではぎらぎらと太陽が燃えている。
家も、草も、私の影さえも燃やすように、赤い日差しを送り込む。
庭のリンゴの木から、萎んだ実がそっと落ちた。

 風は自然の音を運んでくる。
アネモネがさざめく音と、海が波打つ音。
人工的な音はどこからも聞こえてこない。
神の祝日のように、静謐が空気に漂っていた。

 机の上にあったパンは、いつの間にか消えていた。
木々は枯れ、水は濁る。
時間は確かに過ぎていく。
私は、ただそれを黙って見ていた。

 太陽はオレンジ色に光る。
真昼の月は、嵐のように揺れていた。
冷たい風は灰を連れて巡っていく。
灰になった私を、海まで。

 世界は光に包まれた。
優しい鈴の音が静寂を切り裂いていく。
暗い、ただ無音の世界が続く。
海は静かな泡で、私を優しく包んでくれた。

 ──四日目の朝が開けた。
太陽の光が、まだ濡れた地面へ眩しいくらいに降り注ぐ。
星たちは祝祭のように踊る。
月は夜を取り戻して、涙と悲しみを創造した。

 ──五日目。
鳥たちが羽ばたいて世界に風を起こした。
灰にまみれた世界は、色を取り戻していく。
生きる音たちがリズムとなって、空気を鳴らす。
犬も猫も、ロバも雄鶏も、騒がしく平和を祝う。
私は海の底で丸くなって、それを聞いていた。

 そうして六日目に、私は私を思い出した。
アネモネの花束を握って、歩く痛みに顔をしかめる。
それでも青い空を見て、夢見る景色に思いを馳せる。
手を伸ばし、リンゴを一口齧った。
赤に青が混じって、景色が回る。
──七日目はとっくに追いついていた。

 今日は祭りがやってくる。
山車に乗せて、私を川へ運んでいく。
白と黒の衣装を身にまとって。
揺らめく蝋燭が私に影を与える。
休めと、それだけを言って。
何のための祭りかは誰も知らず、泣きながら笑っている。
川岸には、石が積まれていた。

 机の上には、焼きたてのパンが一つ。
湯気の中に懐かしい夢を見た。
私は夢ごと齧りついて、煙になった。
潮気の混じった風は、私をそっと空へ連れて行く。

 そうして世界は無くならずに、私だけを優しく置いていった。
私は夢の岸へ、取り残されている。

こういうのも、嫌いではない。
お題、ありがとうございました!

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