(お題ss)三人の夜
「あざとい…って言われても。そんなこと考えたことないよ……」
居酒屋の狭いトイレで、アリサはひとり泣いていた。
背中越しに、同窓会で盛り上がる友人たちの声が聞こえてくる。
たぶん、私のことを心配してる人は、誰もいない。
むしろライバルが減って、せいせいしているかもしれない。
「せっかくタケル君に会えるって思って、美容院にまで行ったのに──」
そんな努力は人の残酷さで、すぐふいにされる。
「あの時は良かったなぁ。成人式はまだ、みんな大人じゃなかった。そういえば赤いネクタイしてた…シズル君、元気かな」
昔を想い、今をひとしきり泣いてから、個室を出た。
何気なく見た洗面台の鏡は、現実を映し出す。
せめて顔くらいは整えてからと、化粧を直してから外に出た。
会はちょうどお開きのようで、タケルたちは二次会の話をしている。
タケルは楽しそうな顔の奥で、目はどこかを探している。
きっと隣にいない、シズルのことだろう。
そして当然、トイレにこもってた女に声かける奴なんて、誰もいない。
恋心を抱えて今日は帰ろう──そう思ってた。
「ねえ」
私の肩に軽く触れた、震える手。
照明の灯りごと、時間が止まった気がした。
シズルは今日という日に、強い覚悟をもっていた。
象徴するかのように、赤いネクタイを締め、あの日以来のスーツを着る。
高校時代の淡い想いは、社会人になった今でも色褪せることない。
むしろ、より華やいで見えてしまうから、余計たちが悪い。
毎日、新人として淡々と仕事をこなし、会社からも少しずつ認めてもらえてる。
──でも、本当に認めて欲しいのは……そんな想いばかりが募る。
そんな時に呼ばれた同窓会。
彼女が来るか来ないかは知らない。
けれど、会えたらなんて期待していた。
姿が見えた時は、心の底から喜んだ。
けれど、いつの間にかどこかへ行ってしまって、声をかけるタイミングが取れなかった。
シズルは今日を諦めたくなかった。
せめてひと声だけでも、なんて考えていたら、二次会の話をタケルがしている。
誰かがお前も行こうぜ、なんて誘ってくれる横を──彼女が通った。
シズルは思わず手を彼女の肩へ伸ばし、声をかけた。
「ねえ、アリサ」
指先は震えていた。
タケルの顔が指先越しに見える。
なぜか悲しそうな顔をしていた。
タケルは困っていた。
学生時代から周りには同級生がたくさんいてくれて、友人に困ったことはない。
けれど、いつもその先を期待されてしまう。
単なる友人でいることを、誰も望んでくれない。
タケルには昔から誰にも言えない思いがある。
それは誰にも言ってはいけない気がして、親友にすら言ってない。
年齢を重ねて、たくさんの経験をして、今は確信に近い思いがある。
たぶん、男性が好きなんだろう。
興味のない話を聞きながら、心で呟く。
もしかしたら口から漏れていたかもしれないが、誰も聞いていない。
みんな、顔しか見てないから。
自嘲気味に笑えば、楽しんでると勘違いして、周りはより盛り上がる。
悪循環なのは知っている。
けれど、親友も喜んでいるから、つい受け入れてしまう。
受け入れてもらえなかったあの日は、いまだに心にチクリと刺さっている。
それでも、親友のことが好きなんだろう。
そう自覚するようになってから、心はざわつくことはない。
成就するかなんて期待していない。
親友が…シズルがいてくれれば、それだけでいい。
そんなことを考えていたら、いつの間にか、二次会の話になっていた。
シズルの方を見ると、他のやつが声をかけてくれている。
安心した瞬間、シズルはアリサに「アリサ」と声をかけ、その肩に手を伸ばしていた。
正面に見えたアリサの瞳に涙が見えて、なぜか悲しくなった。
喧騒が全てを溶かしていく。
そうして、三人の夜が更けていった。
朝白む駅までの道、交わることのない想いがすれ違っていた。
それぞれの夜明け。
想う相手は違えど、抱く感情はよく似ている。
そうして、それぞれの世界へと帰っていく。
今回も参加させていただきました。
同じ場面の書き分けって難しい。
お題、ありがとうございます!
