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甘いアッサムのミルクティーの記憶

いつか紅茶をメインにしたカフェをやりたいと思っています。
静かで居心地がよく、美しく整っているけれど訪れる人に寛いだ感覚を提供できるカフェ。
その理由は色々ありますが、一番はいつも家で過ごした時間に戻ります。

私は寒い北国で育ちました。
朝の冷たく澄み切った空気。屋根にはつららが垂れ下がり、外から差す光は雪にキラキラと眩しく反射していました。室内と言えど窓から伝わる冷気が外の寒さを想像させます。。

私は朝がとても苦手で、なかなか起きられない子どもでした。

そんな私の枕元には、よく母が温かいココアを持ってきてくれました。ちゃんと鍋でピュアココアを練って、牛乳で伸ばし、隠し味に少しだけバターを入れたココアです。

「もう少し飲む?」そう言いながら少しずつ目を覚まさせてくれて、急かすことなく、自然とダイニングまで連れていってくれました。

学校から帰ると、おばあちゃんは大きな鍋で甘酒を作って待っていてくれました。かじかんだ手と足先を反射板のストーブの前で温めながら、マグカップにたっぷり入れてくれた温かい甘酒を飲みます。

また、眠れない夜には蜂蜜入りのホットミルク。風邪の日には蜂蜜をかりんのシロップにして。

暑い日にはたっぷりの冷たい麦茶。

どれも特別な出来事ではありません。でも、私の記憶には、不思議なくらい飲み物と一緒に残っています。

午後になると、母と二人で本を読みながら、それぞれ好きな時間を過ごしました。母は紅茶が好きで、FAUCHONのアップルティーをよく飲んでいました。私はミルクティーが好きだったので、そのうち母がFAUCHONのアッサムを買ってきてくれて、そのうちそれはロイヤルミルクティーになりました。

ジャムを入れてみたり、リキュールを入れてみたり、古い料理本を見ながら昔ながらの飲み方を試したりもしました。

そんな時間も楽しかった記憶です。

振り返ると、私の家では「こうしなさい」と言われた記憶があまりありません。本を読んでいてもいい。外で遊んでもいい。たくさん話してもいいし、静かにしていてもいい。子どもだからこうあるべき、と決められることもありませんでした。

飲み物ひとつでも、
「今日は何が飲みたい?」
「砂糖はどれくらい?」
そんな小さな確認を、いつも自然にしてくれました。

今思えば、それは飲み物の話ではなくて、「あなたはどうしたい?」と、私の気持ちを大切にしてくれていた時間だったのだと思います。

だから今でも、疲れた日に温かいお茶を淹れると、不思議と家に帰ってきたような安心感があります。

飲み物には、安心してその人らしくいられる時間を、そっとつくる力があると思っています。

そして今度は、私がしてもらったことを、次の誰かに渡したい。

疲れてしまったとき、私もまた誰かを癒し、労り、寄り添い、その人が自分の力でまた前に進むことができるようになるように、いっときの安心を渡せる存在でありたい。

また今頑張っている人も、ときには少し立ち止まって色んなことを振り返って、色々話したり考えたりする気付きのある空間でもありたいと思っています。

Tea Loungeという名前で書いているのもそういった理由からです。

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白川 葵 Tea Loungeにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。 もしこの場所を心地よく感じていただけたら、またお茶を飲みに来ていただけると嬉しいです。