愛の手「練習でも本番でもなく"遊ぶ"という生き方」No.174
人生を遊び尽くそう!
どうもコウキです!
今日デイケアがありました。
午後のプログラムで卓球をしていたら、人生の捉え方が変わる、ある閃きが降りてきました。
卓球の試合をしているときに思ったんです。
この試合は練習なんだろうか?
本番なんだろうか?
と。
練習だと、テキトーにやってしまいそうだし、本番だとすると、緊張して力んでしまう。
丁度いい状態はないかな?と考えてプレイしていたときに、
え、これって「遊び」じゃないか?って閃いたんです!
遊びだと思うと、リラックスした状態で、「楽しく」を基準にプレイできるなと思いました。
そしたら、プレイの仕方が変わったんです。
あるおじいちゃんの利用者さんと試合するとき、いつも気を遣い、打ちやすい場所に返して、なるべく長く続かせるように打っていたのです。
でも今日は遊びで、色んな場所に打ってみようと思ったんです。
そしたら、そのおじいちゃんが結構
返してきて、なんと30ラリーくらい続いたんです。
こんなにいいラリーが続いたことなかったのでビックリしました。
他の人とも、遊びだと思ってプレイしていたら、いつもより力まずに楽しくプレイできて、結果、全勝することができました。
この「練習でもなく本番でもなく遊ぶ」という閃きは他のことにも応用できそうだなと思いました。
例えば、仕事しているときにも使えそうだなと思いました。
サボるという意味の遊ぶではなく、楽しみながら、リラックスして自然体で働くという意味で遊ぶと、かなり高いパフォーマンスで仕事ができると思うのです。
また愛の観点から言うと、遊んでて楽しいという状態は、かなり高レベルな愛を発していて、自分も愛で満たされているし、周りにも愛を振りまいている状態であると言えます。
これは、何かの出来事だけではなく、「生きること」そのものを遊びにしたらどうなるんだろうか?
休むときは休む、動くときは遊ぶつもりで動く、としてみると、いい気分のまま過ごせそうな気がするのです。
人生は遊びだ
なんて、CMかなんかで聞いたことあったのですが、このことかと、ハッとさせられましたね。
今からすぐに全部遊びにするのは無理ですが、楽しいなと思ったものに、
「これは遊びなんだからめいいっぱい楽しもう」
と念じるだけでも効果が期待できるのではないかと思います。
実際、今回のnoteは遊びのつもりで書いています。
遊びにすると、自分に架していた縛りもユルユルになって、書くハードルが下がりました。
もちろん、楽しいです!
「遊ぶ」
これから少しこの言葉を意識して生きてみよう。
生きることに練習も本番もない。
ただ、遊ぶだけで良いのかもしれない。
そう思った今日このごろでした。
おしまい
