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愛の手「愛で繋がると涙が出る」No.163

どうして涙が出るんだろう


どうもコウキです!


僕は自分のことを冷たい人間だと思っていました。
嬉しいことや楽しいことがあっても、表面では取り繕っていて、心は冷めている。

本当に心震わすことなんてあるのか?
薬のせいもあるかもしれない。
気分安定薬を飲んでるので、気分の上がり下がりは制限されている。

でも、心からの感動を味わいたい。
そう渇望していた。

愛を学び実践しはじめて、少しずつだが、心の表面がざわつきはじめた。
愛を感じると心が温かくなるような体験も増えてきた。

それでも、「まだこんなものか」と思ってしまう自分もいた。

僕の信じている愛とはこの程度なのだろうか?

愛には深度、つまりレベルがある。
日々の小さな愛を感じることも愛だし、大きい特別な愛を感じることも愛である。

多分僕は、特別に大きな愛を欲しがり、小さな愛をもっと心から感じたかったのだろう。

後者は、おそらく愛の鍛錬をもっと積めば愛の感度が上がると思う。

前者の特別な愛は、滅多にないことだから特別なのだ。
それを欲しがるのは欲張りだ。

日常か特別かの線引きによって愛の感じ方は大きく変わってくると思う。
日常なんてない、全てが有難いことで特別なことだ、と頭では分かっていても、実際はやはり日常だと思ってしまう。

頭でわかっても心から感じてないから、なお自分の未熟さを痛感してしまう。
その境地に至るまでどれだけかかるのだろうか。

そう思って過ごしていた今日この頃に、愛を強く感じ涙した出来事が2つもあった。

1つは、知念メープルさんが僕の有料記事の紹介記事を書いてくれたことだ。
前も僕のことを紹介していただいていて、すごく愛に溢れた、いや僕の愛スカウターでは測定できないすごいお方だ。

紹介記事を読んで、人ってこんなに喜ばせることができるんだ、とすごく興奮して、たまらず泣いてしまいました。
内容も嬉しかったけど、すぐ行動に移してくださったことが本当に嬉しかった。
昨日もこのことを書きましたが、嬉しくてまた書きました。
ありがとうございます!

僕の固まっていた涙の結晶を愛で溶かしてくれました。
本気で感動して泣けたことにビックリして、自分の心が、鼓動が、強く波打つ感覚を味わいました。

しかも、今日も感動して涙することになるとは…

本当にさっきの出来事なんですが…

去年、僕の住んでいるグループホームのスタッフが辞められました。
なんでやめたかというと、選挙に出馬するからです。
結果、その方は落選したのですが、今週またグループホームに戻ってきてくださいました。

それで、さっきそのスタッフと話す機会がありました。
選挙の話聞かせてもらったりして、最後に僕が、
「ナイスチャレンジでした。またお会いできて良かったです。またよろしくお願いします。」
と言った瞬間に涙が溢れてきました。
文字にしたらなんともない挨拶のようじゃないですか?

でも僕にとっては愛を込めて言った本音の言葉でした。

戻ってきたスタッフから
「そう言ってもらえると嬉しい」
と、言ってもらい、さらに涙がこぼれました。
たぶん、僕とスタッフが愛の言葉で繋がったからなのではないかなと思ってます。

前に近くの神社で神様と繋がったときも涙が出てきたことを思い出しました。

本当に心から愛を感じたときにはキチンと体が反応してくることがわかりました。

また僕は冷たい人間ではないということもわかりました。

しっかり愛を感じているし、心も動いている。

「心と心が愛で繋がったとき涙が出る」
という仮説を今後も実証していきたいです。

どうして涙が出るんだろう?

その答えは、愛の言葉や行動がきっかけで心が繋がったから。
愛し合ったから。

そう思うとまた涙が出る。

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