第二章 「片耳難聴とそれを補う成長」
とあるきっかけで、右耳が聞こえなくなった。
幸い左耳の聴力は良好で、日常生活に大きな支障はない。
だが、音の方向性がわからなかったり、めまいがしたり、雑音が入ると人の声が聞き取りにくい。
それでも、自分は自分である事には変わりは無い。
反対に、どれだけ高級ブランドを身につけても、社会的地位や名誉を手に入れている自分がいたとしても、自分は自分でしかない。
右耳が聞こえていた頃の自分は、とにかく周りからどう見られるかを気にしていた。
人間関係さえも、メリットとデメリットで人を見ていた。
理由は、人に裏切られることが怖いからだ。
その恐怖を隠すように、自分には価値があると思わせようとしていた。
そうすれば、人は自然と寄ってくると信じていた。
しかし、片耳が聞こえなくなってからそんな事をバカバカしく思えた。
どんな仕事についてようが、どんな生活をしてようが、どんなハンデがあろうが、それに上も下も無い。
自分というただの1人の人間だ。
9か月ぶりに前職で一緒に働いていた人をご飯に誘った。
自分から誰かをご飯に誘うなんて、今まで一度もなかった。
自分でも少し戸惑った。
ただ、「元気かな」と思った。
またゲームの話をしたい。
たわいもない話をしながら、一緒に笑いたい。
そんな気持ちが、自然と湧いてきた。
28歳にして、初めて知った感情だった。
まだ素直になりきれない自分が少し恥ずかしい。
でも、その奥に残っていた純粋さを、今は愛おしく思える。
片耳になって、失ったものは確かにある。
だけど、その喪失は、自分の中にあった本当の気持ちを見つめ直すきっかけになった。
人を信じたいと思えたこと。
誰かの「元気かな」を、自分のことのように気にかけられたこと。
今こそは、裏切られたっていい。
誰かを信じた結果なら、それでいい。
裏切られたことにすら、誇りを持てる気がしている。
そんな自分に出会えたのは、失わなければ気づけなかった成長なのかもしれない。
