農法note:有機農法とは
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有機農法とは
ブドウ栽培において有機農業が注目されるようになってから久しいでしょう。特に2019年にヨーロッパでグリーンディールと呼ばれる新しい環境政策が採択されて以降、その勢いは加速しているように見えます。グリーンディール政策とは、2050年までに環境への負荷をニュートラルにすることであり、二酸化炭素の排出量を実質ゼロにすることも含まれます(European Commission, 2025)。
ニッチな商品からスタンダード商品へと成長した有機ワインですが、その歴史や誕生の背景を知る人は少ないようです。有機農法は従来農法が生み出す弊害を直視し、それを改善するために生まれました。具体的には農薬および化学肥料の環境や人体への悪影響を取り除くことであり、病害対策にはより危険性の少ない薬品を使います。その効果を最大限にするために、統合病害虫管理法であるIPM (Integrated Pest Management)の理論も取り入れられています。つまり有機農法はモダンな農法であり、一部の人が言うような昔ながらの農法ではありません。
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有機農法の誕生と展開
19世紀後半から20世紀の後半にかけて従来農法が発展していきました。従来農法とは、化学肥料の使用、合成農薬の使用、大規模な機械化、および高収量のハイブリッド品種で特徴付けられる効率的な農法です。その効果は絶大で、アメリカ国際開発庁のウィリアム・ゴードは、1968年、飢餓と戦う人類が成し遂げた農業革命を緑の革命と言い表しました。しかし環境や人間を含めた動物への悪影響が深い影となって付きまとっていました。有機農法の概念はその影を直視することから生まれますが、その端緒は早くも20世紀初頭の英語圏およびドイツ語圏において見られます。つまり、従来農法と有機農法は背中合わせの兄弟ともいえるでしょう。1920年代から30年代にかけて、有機農法のパイオニアたちが科学的で体系的な理論を発表しました。1930年代から40年代にはそれらの理論が実践され、一定の成功を収めます。しかし、有機農法が広く認知され、実際に取り入れられるようになるのは、従来農法の欠点が臨界点を超える1970年代を待たなければなりません (Lockeretz, 2007)。パイオニアの中でも特に有名なのは、イギリス人のアルバート・ハワード卿とオーストリア人のルドルフ・シュタイナーです。シュタイナーは有機農法の範疇を超え、バイオダイナミック農法を生み出しました。
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アルバート・ハワード卿
アルバート・ハワード卿 (1873–1947)はイギリスの植物学者です。1905年から1924年までの19年間、当時イギリス領であったインド・ベンガル地方の農業研究所に勤務しました。ハワード卿は就任当初から自身の学説に固執せず、柔軟な態度で新しい任務に臨みました。イギリスで培った理論が現地で通用しないとわかるとそれを捨て、インドの農民とともに実地で学びました。このように社会的慣習に縛られない自由な精神を持っていた卿ですが、当時の(さらには現在の)イギリス知識人の中でも稀な精神ではなかったでしょうか。
彼の関心を引いたのは、インドの伝統農法で育てられた作物が病害虫に侵されず、殺虫剤や防カビ剤に頼らずとも健やかに育つという事実でした (Howard, 1947)。ハワード卿は以下のように分析しました。
• 土壌に適した品種を植えれば作物は健康に育つ。
• 土壌には養分補給が必要だが、理想的なのは自然由来の働きや養分である。
• 歴史的事例としては、ナイル川の氾濫、中国の堆肥、ペルーの氷河の融水、イギリスで行われていた人糞による土壌回復がある。
このように土壌が腐植土に富み、微生物で活気にあふれていれば、そこで育つ植物は病気を寄せつけません。これに対し、近代農法は土地を酷使し、土壌の養分を奪い、未来を考えない農法であると批判しました。
有機農法の父とも呼ばれるハワード卿ですが、その考え方は現代では無農薬栽培に近いものであり、有機農法とは異なります。というのも、たとえばヨーロッパやアメリカの有機農法ではボルドー液などシンプルな化学薬剤の使用が認められているからです。また、現在の有機農法では統合的病害虫管理(IPM: Integrated Pest Management)というモダンな理論も取り入れられています。IPMの誕生は第二次世界大戦前後のことです。
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有機農法とIPM
IPMとは、「生物学的手法と科学的手法による病害虫管理は相互に補完し得る」という考え方に基づいて誕生しました。最初に議論されたのは1939年、アメリカのウィリアム・ホスキンスらによるものです。当初は大きな注目を集めませんでしたが、1954年に再導入されました。その方法は、天敵の導入、カバークロップの利用、そして時期を見極めた忌避剤や殺虫剤の使用など、研究に基づいたものでした。1970年代に入ると、生物学と化学物質を融合させた病害虫管理法として広く普及します (Little, 2019)。特に1972年には、アメリカ政府(リチャード・ニクソン大統領率いる政権)が公式に採用しました (Nixon, 1972)。
ヨーロッパにおける有機農法も同時期の1970年代に本格的に始まりましたが、その内容はハワード卿の提唱した伝統農法とは異なります。EUの有機農法を統括するIFOAMはこの点を明言しています。2012年にまとめられた有機ブドウ栽培の規定には、次のように記されています。
「ブドウ栽培だけでなく農業全般において顕著な動きであるが、1960年代からのトレンド、つまり緑の革命によってもたらされた高収量品種、化学肥料、合成薬剤による作物防除に反対し、より環境に配慮した方法を発展させてきた人々がいる。その努力が結実し、モダンな環境配慮型のブドウ栽培が生まれた」
(IFOAM Organics Europe, 2012, EU Rules for Organic Wine Production)
つまり現在の有機農法は、ハワード卿が提唱した古来の農法ではなく、従来農法の欠点を補うために生まれたカウンターカルチャー的なモダン農法です。その中にはIPMの考え方も取り入れられています。これは現在トレンドとなっているナチュラルワインを考える上でも重要な点です。ナチュラルワインは一般的に言って有機農法が最低条件であり、有機農法がモダン農法である以上、その延長線上にあるナチュラルワインもまたモダンなワインといえるのです。ナチュラルワインに関しては日を改めて書きたいと思います。
また、有機農法が本格的に取り入れられてからすでに50年以上の月日が経っています。少しずつその考えは古びてきて、今日盛んに言われるサステナビリティとは寸法が合わなくなってきています。具体的に言えば、有機農法は二酸化炭素排出量、フェアトレードやライフワークバランスといった格差の是正や労働環境までを考慮したサステナビリティとは合致しないのです。
今回は有機農法に焦点を当てましたが、ナチュラルワインやバイオダイナミックの話題もいずれお話しできたら幸いです。
まとめ
• 有機農法は「昔ながらの農法」ではなく、モダンな農法である。
• その背景には従来農法の限界や環境への懸念がある。
• ハワード卿やシュタイナーらの思想が出発点となり、IPMの理論を取り入れながら発展してきた。
• 現在はナチュラルワインの基盤となっているが、サステナビリティの観点からは再考が求められている。
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参考文献
Albert Howard, 1947, The Soil and Health: A Study of Organic Agriculture, [Kindle] Available at: < https://www.amazon.fr/Soil-Health-Study-Organic-Agriculture/dp/1849025142 >
Catherine M Little et al., 2019, Considerations for Insect Learning in Integrated Pest Management, [online] Available at: < https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6635889/ > [Accessed 22 Sep 2025].
European Commission, 2025, The European Green Deal
Striving to be the first climate-neutral continent, [online] Available at: < https://commission.europa.eu/strategy-and-policy/priorities-2019-2024/european-green-deal_en >
Richard Nixon, 1972, Special Message to the Congress Outlining the 1972 Environmental Program, [online] Available at: < https://www.presidency.ucsb.edu/documents/special-message-the-congress-outlining-the-1972-environmental-program > [Accessed 23 Sep 2025].
William Lockeretz, 2007, Organic Farming: An International History, Cabi Books.
