ブレイクタイム

noteを書いていて、ふと手が止まった。

「誰に向かって発信するかが重要。」

そんな言葉を見かけたからだ。

たしかに、その通りだと思う。

でも、その瞬間、別の疑問が浮かんだ。

俺の文章は、いったいいつ読まれているんだろう。

会社の昼休みだろうか。

寝る前に布団へ入ってからだろうか。

少し考えてみたが、どうもしっくりこない。

たぶん、誰かが一息ついている時間だ。

アイコスを吸っている時かもしれない。

コーヒーを飲んでいる時かもしれない。

喫煙所では、多くの人がスマホを見ている。

カフェでも同じだ。

何かを始めるには短すぎる。

かといって、何もしないには少し長い。

そんな数分の空白がある。

きっと文章は、その時間に読まれる。

そう考えたら、自分の文章の長さにも理由が見えてきた。

目安は約1,000文字。

ちょうど、一息つく時間と同じくらいだ。

もちろん、3,000文字の記事だって読める。

でも、それは情報を処理する読み方になりやすい。

俺が書きたいのは、少し違う。

数行読んで、考える。

視線を外して、自分の経験を思い出す。

また文章へ戻る。

そんなふうに、文章と記憶を行ったり来たりする読み方だ。

140文字では、その余白が生まれる前に終わってしまう。

長すぎる文章は、情報は残っても、考える時間がなくなる。

1,000文字くらいなら、読み終えても、まだ少しだけ時間が残る。

「そういえば、自分にも似たことがあった。」

「明日は少し違う見方をしてみよう。」

そんな小さな変化が生まれる余白まで含めて、一つの文章なのだと思う。

だから俺は、情報を最速で届けたいわけじゃない。

数ある記事の中から、誰かのブレイクタイムに選ばれる記事を書きたい。

「今日はこの記事を読もう。」

そう思ってもらえて、読み終えたあとも少しだけ頭の中に残る。

誰かの5分を奪う文章ではなく、誰かの5分を少しだけ豊かにする文章。

そんな一服のような文章を、今日も1,000文字くらいで書いている。

いいなと思ったら応援しよう!