人生半ば、生きる意味
学生のときから生きる意味を探し続けて、ずっと病んでいる気がします。
大人になったらちゃんと見つかると思ったそれも、見つからずに40手前になりました。
子供がいれば人生をそこに重きを置けるのかもしれないですが、パートナーすらいない私はひらひらと舞うばかり。
これがなかなか苦しい。
ちゃんと地に足をつけ、自分の人生に責任やら目標やらあれば、生きていくのが苦しくても踏ん張れるのかもしれませんが、私にはそれがないからすぐどこかに飛んでいってしまう。
死んではダメなのは分かる。じゃあ何のために生きているのか。
ただ無生産に生きて行くだけだったら、黙々と働き続ければ良いのかもしれない。
けど、なんの楽しみもなく生きていくのは無理。人間は面倒なものです。
若かったときは、若さに任せて金と時間を推しに全て注ぎ込んでた気がする。
あの高揚感は麻薬のようで、一回味わうとなかなかやめられないものです。
ジャンルの移り変わりはあっても、常にそのハイな気分を求めていた気がします。
今でも好きなものはあるし、そこに優先的にお金を落とすこともあります。
だけど、理性が働くようになりました。
お前、稼ぎはそんなになかろう?
若いときに比べて、生活に必要な経費が増えました。主に老いによる体調不良や、見た目への抵抗や、体力の低下です。
メンテナンスが必要なのよ、どうしても。
ここが減らせれば、趣味にももう少し落とせるかもしれないけど、無視できないの。肩も腰も内臓も肌も。
それなりに現実と向き合わなければならず、過酷な現実vsトリップできる趣味を天秤にかけ、前者が勝つことが増えてきました。
趣味だけじゃない。
仕事に情熱を捧げ、キャリアアップをしていくことも、人生の主軸になるのかもしれない。
だけどこれは私は無理。
できれば楽な方向にいきたいし、支配はされたくない。
じゃあ何のために、何が楽しく、何を軸に生きていけばいいんだろう。
興味があることが新しく出てきたり、好きなものが新たな活動を発表したとき、楽しみよりストレスが勝るときがあるのはなんでだろう。
答えは簡単、金がないからです。
行けばとてつもない幸福感を得られることは分かり切ってますが、行かなきゃそれも知らないしね、ともなる。
でも諦め切るには私の精神は弱すぎる。
取捨選択しろよと分かっているけど、ひらひら流れる私はそれすらもできない。
何が大切で優先すべきなのか、分かってないのだなと思います。
そこには少なくとも、孤独感も付いてきていることは自覚しているけど。
一緒に行く友達がいて、その人たちと楽しい時間を過ごしたいという欲求も付随してくるのです。
一人でいるからこそ、友達に会いたい、過ごしたい。
趣味だけで繋がってるわけじゃない友達も中にはいるけど、趣味を口実に会える友達も少なからずいる。友人というか、趣味友っていうカテゴリなんだろうけど。
一人で立っていれば、そんな不要な悩みにも振り回されないんだろうな。
何がなくても会える友達が一人でもいれば良いじゃないか。
それも分かっているけど、言っても学生のときとは濃度が違います。
たぶんどちらかが連絡を取らなければ、自然消滅していくこともあり得ると思う。
話が右へ左へ逸れましたが。
同世代のシングルはどうしてるんだと、苦しいときほど考えます。
何のためにこんな苦しい思いをして働き、生きていかなければならないのか。
人は最後には一人で死ぬのだから、誰でもいつかは直面することなんでしょう。
でもある程度健康で生きていくのであれはまだ人生半ば。
この時点でこの問題にぶち当たってるのは、なかなか苦しいものです。
