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小学館・マンガワンの問題はなぜ起きたのか。『ティール組織』から読み解く巨大出版社の病理と退行

フレデリック・ラルー=著『ティール組織』鈴木立哉=訳 英治出版 2018/1/31発行


事件の概要と、何が問題なのかについて

事の発端は、2020年に『堕天作戦』の作者が性犯罪で逮捕・略式起訴されたことに遡る。
その後、2022年に同氏は「一路一」という別名義で『常人仮面』の原作者としてマンガワンで復帰。
しかし、2026年2月の民事訴訟の判決により、その復帰の裏でマンガワンの担当編集者が被害者との示談交渉に介入し、150万円の支払いと引き換えに性加害の口外禁止を迫り、隠蔽工作を行っていたという衝撃的な事実が公に認定された。

この問題が極めて悪質と考えられ、激しい批判を浴びている理由は主に以下の3点に集約される。

  1. 被害者の尊厳を踏みにじる「口封じ」への加担
    自社の利益(作家の復帰)を優先するあまり、性犯罪の被害者に対して「金銭で沈黙を強要する」というセカンドレイプにも等しい隠蔽工作を、出版社側の人間が主導・加担したこと。

  2. 「偽名」を用いた読者および協業者への欺瞞
    過去の犯罪事実をロンダリングし、あたかも新人であるかのように偽って社会に出したこと。
    これは読者を騙す行為であると同時に、素性を知らされずに組まされた作画担当者への重大な背信行為でもあり、新たな人権侵害の火種を生む行為だった。

  3. 組織的なコンプライアンスの完全な機能不全
    新連載が担当者一人の一存で決まることはあり得ず、編集部や会社としての決裁プロセスを経ているはず。
    つまり、企業ぐるみの構造的な倫理観の欠如が疑われている点。

ティール組織論から読み解く「小学館」の病理

この異常な事態がなぜ起きたのかを、「ティール組織」における組織の進化段階に照らし合わせて分析した。
そうすることで、私の感情的な嫌悪感を置いておいて、よりシュアに考えることができると思ったからだ。

フレデリック・ラルー=著『ティール組織』鈴木立哉=訳 英治出版 2018/1/31発行 日本語版付録

その結果、小学館(マンガワン編集部)は「オレンジ(達成型)」をベースにしつつ、危機に際して「レッド(衝動型)」へと退行した状態にあると私は結論付けた。

① 「オレンジ(達成型)」の暴走:利益・実力至上主義
オレンジ組織は、成果を最優先し、組織を「機械」のように、人を「資源(リソース)」として捉える傾向があるとされる。
今回の事件では、「被害者の痛み」や「社会的な倫理」という価値観よりも、「この作家を使えば売れる漫画が作れる」という利益の追求が優先された面もあるのではないか。
ただし、この作者のマンガがそこまで大きな利益という成果をもたらしていたとも考えにくく、後述するレッド的な面の方が多いのではないかと考える。

② 「レッド(衝動型)」への退行:マフィア的な身内びいき
さらに深刻なのは、組織が外部からの脅威(被害者の告発)に直面した際、レッド組織のような行動原理に退行した点だ。
レッド組織は「オオカミの群れ」や「マフィア」に例えられ、社会のルールよりも「身内(ファミリー)の保護」を絶対視する。
性犯罪という重大な規範違反であっても、自分たちの「身内(作家)」であれば、示談介入という力や圧力を使って外部の「敵(被害者)」をねじ伏せようとする。
この倫理を捨てた極端な身内びいきこそが、世間が直感的に感じ取った最大の不信感の正体ではないか。
そして、オレンジ的な利益追求よりも今回はこちらの方が大きな原因となっているように思える。

組織の退行を防ぐ「グリーン」と「ティール」の処方箋

こうした「オレンジの利益至上主義」や「レッドの身内優先主義」の暴走を食い止めるためには、より進化した組織パラダイムの要素が必要だと思われる。

  • グリーン(多元型)のアプローチ
    グリーン組織は「すべてのステークホルダー」への責任と「共有された価値観」を重んじる。
    利益よりも企業文化や倫理が優先されるため、もし隠蔽案が出たとしても「それは我々の社会的責任に反する」として組織全体で却下されるシステムが働く。
    被害者や読者、社会全体への配慮が防波堤となる。

  • ティール(進化型)のアプローチ
    ティール組織では、外部の評価や保身(エゴ)ではなく、個人の内面にある「これは人として正しいか?」という内的な羅針盤に従って意思決定を行う。
    「売上が落ちる恐怖」や「出世への野心」から自己を切り離すことで、圧力や恐怖に屈することなく、不祥事に対しても誠実かつ透明性のある対応が可能になる。

組織・関係者が陥りやすい「言い訳」とその欺瞞

現在の組織状態を踏まえると、今後、小学館の内部や関係者からは自己正当化のための様々な言い訳が出てくることが想定される。

すでに一部で見られる「小学館全体には優秀で良い人が多い」といった擁護は、組織の構造的欠陥から目を逸らす典型的な防衛機制といえる。
他にも以下のような言い訳が予想される。

  1. 「才能ある作家の更生を支援したかった」「読者のためだった」(オレンジの詭弁)
    被害者の尊厳を金で蹂躙し、改名による隠蔽で読者を騙しておきながら、「更生」や「読者ファースト」という美辞麗句にすり替える極めて欺瞞的な主張。

  2. 「担当編集は作家思いの熱い人だった」(レッドの身内びいき)
    「身内にとっては恩人」という内輪の論理で、客観的な加害行為や反社会的な隠蔽工作を正当化しようとする危険な情緒的擁護。

  3. 「ガイドライン等のルールが未整備だった」(オレンジの機械的思考) 人権意識や倫理観という「心・精神性」の問題を、マニュアル不足という「システム」の問題に矮小化する責任転嫁。

  4. 「担当者の独断であり、上層部は知らなかった」(アンバーの階層防衛) 組織の上層部や会社を守るために末端を切り捨てる「トカゲの尻尾切り」であり、ガバナンスの欠如を自ら露呈する矛盾した主張。

典型的な擁護論(社会復帰・作品分離)をどう考えるか

本件に関し、「犯罪者の社会復帰の権利」や「作品と作家の人間性は分けるべき」という一見リベラルな正論を用いて擁護する声も上がることが予想される。
しかし、今回の具体的な事実関係に照らすと、これらは完全に破綻している。

  • 「犯罪者の社会復帰の機会は守られねばならない」への反論
    小学館が行ったのは「社会復帰」ではなく「密入国」と「ロンダリング」です。
    真の更生とは、過去の罪を明らかにし、社会の批判を受け止めながら透明性を持って生き直すこと。
    被害者を金で黙らせ、名前を偽って元の特権的な地位に返り咲く行為は、復帰ではなく悪質な隠蔽工作に過ぎない。

  • 「作家の人間性と作品は切り離して考えるべき」への反論
    読者個人が過去の作品をどう楽しむかは自由だろう。
    しかし、企業の商業活動においては別。
    今回出版された作品は、その製造過程において「出版社が被害者に口外禁止を強要する」という具体的なセカンドレイプといえるような加害行為を伴って生み出された。
    つまり、作品の裏に被害者の泣き寝入りという犠牲が存在し、作品が売れることで加担した組織が経済的利益を得る構造になっている。
    出版のプロセス自体が倫理的に腐敗している以上、企業が「作品の面白さ」を免罪符にして社会的責任から逃れることは絶対に許されない。

対外的な体裁管理を超えた、真の組織再生に向けて

小学館が炎上の火消しというような対外的なダメージコントロールを超え、真の反省と組織改善を果たすためには、表面的なルールの追加ではなく、組織のパラダイムそのものを変革する痛みを伴うプロセスが必要だと思われる。

  1. 「人間の痛み」の直視(全体性の回復)
    組織を機械とみなす考えを捨て、自分たちの行いが「一人の人間の尊厳をどれほど深く傷つけたか」を、経営陣から現場までが人間としての感情を持って直視すること。

  2. 存在目的(パーパス)の再定義
    「面白いものを作れば何をしても許されるのか?」という問いに対し、「被害者を踏み台にしてまで守るべきエンターテインメントはない」という絶対的な倫理基準、価値観を組織の根幹に据えること。

  3. 権力構造と評価基準の刷新
    成果を絶対視する評価制度を改め、倫理に反することには若手でも「NO」と言える心理的安全性を構築すること。
    恐れや野心からの解放が必要。

  4. 徹底した透明性の確保
    調査委員会の結果が自社にとってどれほど不都合で醜悪なものであっても、一切の黒塗りや誤魔化しを行わずにフルオープンにすること。
    自らの「影」を隠さずに認めることこそが、進化型組織への第一歩だが、社内調査では難しい面もあり、中立的で独立した外部による調査をした方が良いようにも思われる。

自浄の困難さと外圧について

自浄作用を望むのは非常に難しいことだとは思う。
実際に今回のことに関しては、SNSでの拡散やマスコミによる報道、また海外への情報の広まりといった外圧によって、多少なりとも小学館の対応が変わってきた面は否めない。
まだ、まったく不十分だとしても。

そして、特筆すべきなのは、連載の場を失うことは、作家にとって収入や読者を失う痛手を伴うにも関わらず、それでも引き上げるという決断をする作家がとても多いこと。
利益と成果、身内の隆盛を至上目的とするオレンジとレッドの混成組織、小学館にとって、最大の資源は作家と作品。
言葉による批判以上に、利益の源泉である作品が物理的に流出することは、企業システムそのものへの直接的なダメージとなり、組織に構造的な反省と変革を強いる最強のプレッシャーとなる。

一方で、掲載を止めない作家に対して非難をすることは完全に間違いといえる。
そもそも、出版社と作家には圧倒的な権力格差が存在する。
それぞれの作家が抱える複雑な事情を無視した、乱暴な非難はされるべきではない。
読者の怒りの矛先が「掲載を続ける個人の作家」に向かってしまうと、出版社側は「作家同士が争い、読者が作家を叩いている」という構図の陰に隠れることができてしまう。
これは結果的に改善しないままの組織の延命を助けることになりかねないと考える。

現時点でのまとめ

今回の事件は、出版業界に根深く存在する「売上至上主義」と「強烈な身内びいき」が最悪の形で結びつき、一人の被害者の人権を組織ぐるみで蹂躙した極めて重大なコンプライアンス違反。

「ティール組織」をベースに考え、明らかになったのは、問題を「一部の個人の暴走」や「マニュアルの不備」に矮小化してはならないということ。
今後、この問題に関連して、または関連しなくとも便乗のような形で小学館にとって不都合な事実が複数出てくることも十分に想定される。
そのような時に、表層的なダメージコントロールに走ると更に深刻な事態に陥るのは明らかだ。
企業が身内びいき(レッド)と利益の追求(オレンジ)を超え、社会的責任やある程度妥当性を持つ健全な倫理観(グリーン)、そして内なる正しさ(ティール)を組織の行動原理として組み込まない限り、形を変えて同じ悲劇は繰り返されるだろう。

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