【エヴァジークアクスが誕生かな?260224】

『エヴァンゲリオン』完全新作シリーズ制作──
しかも庵野秀明監督不在、シリーズ構成にヨコオタロウ氏。
このニュースを見た瞬間、僕の頭に浮かんだ言葉はひとつだった。
「ああ、エヴァもついにジークアクス化するのかもしれない」
庵野エヴァは“ガンダムORIGIN”だった
振り返れば、庵野エヴァは極めて特殊な作品だった。
TVシリーズ
旧劇場版
新劇場版(シン・エヴァ)
これらはすべて、
庵野秀明という個人の精神史だった。
ガンダムで例えるなら、
初代ガンダム
逆襲のシャア
THE ORIGIN
に相当する。
つまり、創造主による“神話の完成”。
そして神話が完成した時、次に来るのは必ず——
継承である。
ガンダムが通った道
ガンダムも同じだった。
富野由悠季の物語が終わったあと、
Gガンダム
SEED
00
水星の魔女
そしてジークアクス
と続いていく。
世界観を共有しながら、
主人公も思想も時代ごとに更新されていった。
重要なのはここだ。
ガンダムは途中から
「富野作品」ではなく
文化そのものになった。
そして今、エヴァが同じ地点に立っている。
エヴァが“個人の物語”から離れる瞬間
エヴァは長い間、触れてはいけない作品だった。
なぜなら、
碇シンジ=庵野秀明
エヴァ=監督の内面
だったからだ。
誰かが新作を作ることは、
作者の心に踏み込む行為に近かった。
しかし『シン・エヴァンゲリオン』で
庵野監督自身が物語を終わらせた。
これは実質的に、
「エヴァを自由にしていい」
という宣言だったのだと思う。
ヨコオタロウ参加が意味するもの
ここでヨコオタロウという選択。
これは安全策ではない。
むしろ逆。
“壊すための人選”に見える。
ヨコオ作品は常に、
常識を裏切り
物語構造を崩し
観客自身を巻き込む
という特徴を持つ。
つまり新エヴァは、
「シンジの物語」ではなく
視聴者が参加するエヴァ
になる可能性がある。
もし「エヴァジークアクス」が生まれるなら
想像してみる。
主人公は完全新規
NERVも過去の組織
EVAの意味すら再定義
使徒=敵とは限らない
そして物語はこう変わる。
かつてのエヴァ:
心が壊れる物語
これからのエヴァ:
世界の意味を選び直す物語
これはまさに、
ガンダムがジークアクスへ到達した流れと重なる。
神話は“遊べる”ようになって完成する
最初のエヴァは重かった。
90年代の閉塞、孤独、不安。
あれは時代の記録だった。
しかし30年が経ち、
エヴァは個人の告白から離れつつある。
神話は作者を離れた瞬間、
初めて多くの人のものになる。
もし新作が
「エヴァジークアクス」と呼びたくなる作品になるなら——
それはエヴァが失われたのではなく、
本当の意味で始まった瞬間なのかもしれない。
次のエヴァは、
懐かしさではなく未来を見るための作品になる。
そう考えると、少し楽しみになってきた。

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