【第三十八度線の火──和平が世界を焼いた日⑱】
エピローグ
三十八度線の跡地
二〇二九年春。
かつて三十八度線と呼ばれた場所には、巨大な記念公園が建てられていた。
そこには国境線はなかった。
だが、平和もまだなかった。
朝鮮半島は、国際管理下の複数区域に分かれていた。
釜山には韓国臨時政府の後継政権があり、
平壌には暫定自治政府があり、
北部には中国崩壊後の混乱がまだ流れ込んでいた。
日本の若い自衛官、いや、日本軍士官が、慰霊碑の前に立っていた。
彼の祖父は、戦争を知らない世代だった。
彼の父は、戦争を語ることを嫌った世代だった。
彼自身は、戦争を後方から支えた世代だった。
慰霊碑には、こう刻まれていた。
平和は、願うものではない。
壊さぬよう、支え続けるものである。
彼は花を置いた。
遠くで、子どもたちの声がした。
韓国語、日本語、中国語、英語、そして聞き慣れない新しい国の言葉が混じっていた。
世界地図は変わった。
国の名前も変わった。
軍の名前も変わった。
国連の名前も変わった。
だが、人間だけは、あまり変わっていなかった。
誰かが平和を語る時、
別の誰かは武器を数えた。
誰かが正義を叫ぶ時、
別の誰かは国境線を引き直した。
誰かが未来を祈る時、
別の誰かは、次の戦争の利益を計算した。
だから彼は、祈った。
神にではない。
国家にでもない。
英雄にでもない。
ただ、これ以上、平和という言葉が戦争の導火線にならないように。
その祈りは、風に溶けた。
三十八度線の跡地に、春の雨が降り始めた。
雨は、国境を知らなかった。

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