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覚醒日本創世記


1️⃣ レムリア ― 太平洋文明の源泉


太古の太平洋に存在した「レムリア」は、大陸ではなく 環太平洋諸島広域国家の概念 であった。

現在より140メートル海面が低かった当時は太平洋の島々も今のような小さなモノでは無く比較的大きな物もあり、隣の島とも繋がっている状態であった、今はグーグルアースの比較的浅い海の水色が陸地であったと考えられる。

そこに住んでいた、海洋民族ラピタ人は、芦船を操り、アジアから米国西海岸、中米、ペルー、イースター島までを自在に航海し、交易によって生きていた。


やがて 約1万2000年前、氷期の終焉とともに地球規模の海面上昇が始まる。

140メートル結果として海面上昇するのだ。その時に大地震があり

大津波がレムリア一帯を襲い、多くの島々が水没した。

これが「レムリア大洪水」や「ノアの大洪水」と呼ばれる伝承の原像である。


ラピタ人の一部はまずは、台湾経由で与那国島から沖縄を経由して
日本列島に辿り着き、やがて縄文文明を築き、古代日本人 となった。

米国のホピ族やイースター島、チリ、ハワイ、フィリピンの祖先もラピタ人であったに違いない。



2️⃣ アカホヤ大噴火と外延の旅(約7300年前)


さらに時を経て、九州南部のアカホヤ火山大噴火が縄文世界を直撃する。

大地は焼かれ、空は黒く火山灰に覆われ、西日本の縄文文明は壊滅的打撃を受けた。


このとき一部の縄文人は再び外洋に大陸に漕ぎ出し、

• 月氏

• 大月氏

• シュメール

• ユダヤ

• エジプト

• インド


の祖先へとなり、シルクロードを逆走しユーラシア大陸全域へ渡った。

彼らは「外延古代日本人」となり、各地で文明に痕跡を残した。



3️⃣ 出雲と熊野 ― 内なる日本


列島に残った縄文の血脈は「出雲国」を築いた。

ここでは 大物主(統治王) と 事代主(祭祀王) の二つの役職が国を導く原則であった。


やがて 大国主(=統治王・大物主) と、その子 アジスキタカヒコネ(=祭祀王・事代主) が調停者として立ち、

インドから九州に帰還し国を興していた アショーカ王=飛鳥王=天津神 との国譲りに臨んだ。


この時、アショーカ王の人物に惚れ込んだアジスキタカヒコネは、

彼を中心に外延日本人の部族を纏め、統一国家「日本」 を築く夢を抱いた。

そして自らは裏方に回り、軍師=参謀の役割を選ぶ決意をした。


アジスキタカヒコネは役割に応じて名を変えた:

• 熊野では「高倉下」として熊野豪族を和合

• 大和では「ニギハヤヒ」として在地勢力を調略

• 出雲族の間では「大物主」として一族を纏める

• その偉業はやがて「八咫烏」として神格化され、賀茂氏の祖神となった


彼は表に出ぬ知略の出雲族=龍族の王。

まさに 「ツクヨミ=調和王」 の原像であった。

出雲族はツクヨミ=八咫烏として裏方に回り、日本を支えることになる。



4️⃣ 外延王の帰還 ― アショーカ王の経歴


アショーカ王=飛鳥王=神武天皇 は、外延へ渡った古代日本人の血を受け継ぐ者であった。

彼は「渡来人」ではなく、外延で磨かれた

“帰還古代日本人”

である。

インドから脱出し東の祖国への帰還を考えていたアショーカ王は、インドに留学していた、徐福と出会う。一度日本への侵略定住に失敗していた徐福は、秦の始皇帝の為、日本の蓬莱山で不老長寿の薬を持ち帰ると言う、言い訳で、技術者集団と資金を得て2度目の日本への侵略の際にアショーカ王と共に九州へ上陸し天孫族の国を作った。徐福もアショーカ王に可能性を視たひとりである。


🔹 外延での歩み

• ユダヤ的要素

 契約の概念、唯一神信仰を取り込み「法の下の統治」を学んだ。

• エジプト的要素

 太陽神信仰と王権・祭祀の二元制を吸収。

 これは後に伊勢神宮の「内宮・外宮」の二元祭祀に通じる。

• インド的要素

 マウリヤ王朝のアショーカ大王の姿と重なり、

 「ダルマ(法)」による徳治を理想とした。


このようにアショーカ王は ユダヤ・エジプト・インドの智慧を統合 し、九州に帰還した。

そして出雲でアジスキタカヒコネと出会い、

「外延と内延を結ぶ王」として認められたのである。


アジスキタカヒコネは自らを「ツクヨミ=調和王」と暗に定め、アショーカ王を 表の「統治王=スサノオ」 として押し上げた。

徐福は天孫降臨後、冨士王朝へ向かったのであろう。



5️⃣ 神武東征と八咫烏の知略


アショーカ王(スサノオ)は大和を目指し進軍したが、難波でナガスネヒコに敗れた。


しかし、アジスキタカヒコネ(ツクヨミ)は軍師として知略を尽くした。

• 大和では「ニギハヤヒ」として敵陣営に入り込み調略

• 熊野では「高倉下」として布都御魂を授け、軍を再興


こうして熊野から再上陸したアショーカ王は橿原で建国を果たした。

その背後には常に「ツクヨミ=ニギハヤヒ=高倉下=八咫烏=アジスキタカヒコネ」の影があった。


アショーカ王の東征は単なる武力征服ではなく、

外延で学んだ「兵法・外交・法による徳治」が組み込まれた 精神的建国事業 であった。



6️⃣ 婚姻と祭祀 ― アマテラスの顕現


アショーカ王(スサノオ)は、出雲系祭祀王のアジスキタカヒコネ(ツクヨミ)の娘 五十鈴姫(アマテラス=卑弥呼=倭姫命) を正妃とした。


この婚姻により、

• 外延古代日本人(ユダヤ・エジプト・インドの血脈)

• 出雲族(縄文の祭祀王系譜)

• 熊野族(祈りと武の豪族)

スサノオ・ツクヨミ・アマテラスの血が

が一つに結ばれた。


五十鈴姫は 「祭祀王=アマテラス=日の巫女=卑弥呼」 を体現し、

幾つもの元伊勢を作っては異動し

ついに

伊勢・五十鈴川の清流を聖地として社を築いた。

ここに「祈りの王権」が完成した。



7️⃣ 三王制の確立


こうして日本は三王制を基盤とする国家となった。

• 祭祀王=アマテラス(五十鈴姫=卑弥呼)

• 統治王=スサノオ(アショーカ王=神武天皇)

• 調和王=ツクヨミ(アジスキタカヒコネ=八咫烏)


これは「祈り・力・調和」の三位一体であり、

外延と内延を統合する 日本的三権分立の原型 であった。



8️⃣ 倭国大乱とトヨの登場


やがて五十鈴姫(アマテラス=卑弥呼)が亡くなると、倭国は再び大乱に陥った。

男性の祭祀王(アマテラス)が原因であったという。

この時、丹波国の元伊勢の血脈 から少女王「トヨ」が招聘された。

彼女は 「祭祀王=豊受大神=トヨ=アマテラスの後継者」 として国を鎮め、伊勢外宮に祀られた。


こうして伊勢は

• 内宮=天照大神(五十鈴姫=日巫女=卑弥呼)

• 外宮=豊受大神(トヨ=壱与)


という 二元祭祀体制 を完成させた。



色々YouTubeなどをみて、自分なりに納得の行く日本の古代史を編み上げてみました。

あなたにとっても、正史であれば嬉しいな。


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神原月見|言語化審神者(げんごかさにわ) 再び空を飛ぶ為の訓練費用に使わせていただきますm(_ _)m