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【熊野大社本宮参拝のち地震。不思議すぎる話聞きませんか?250504】


金曜日の夕方。

仕事が17時に終わった瞬間、僕はT2と大阪を飛び出した。

向かった先は、南紀田辺。

天気は雨だった。

高速を走り、南へ南へと向かう。

けれど、田辺に着く頃には、空に極太の虹が架かっていた。

それは今思えば、翌日に揺れることになる紀伊半島の深部へ向かって、まるで何かの合図のように架かっていた。

もちろん、虹と地震を結びつけるつもりはない。

そんなことを言えば、一気に話は安っぽくなる。

ただ、後から振り返ると、あまりにも出来すぎていた。


翌朝。

ホテルのオーシャンビューの露天風呂に入った。

目の前には海。

南紀の海。

気持ちのいい朝風呂のはずだった。

けれど、湯に浸かりながら、ふとこんなことを思った。

「今、南海トラフが来たら、死んでまうな」

別に怖がっていたわけではない。

ただ、微かな違和感があった。

言葉にしにくい、ほんの少しだけ空気がズレているような感覚。

そしてそのまま、僕たちは田辺から熊野へ向かった。

土曜日の午前9時ごろ。

熊野本宮大社に参拝した。

田辺から熊野本宮へ向かう道中、結果的に僕たちは、後で震源地として報じられる場所に近いラインを通過していた。

もちろん、その時は何も知らない。

熊野本宮は、雲ひとつない青空だった。

前日の雨が嘘のように晴れ渡っていた。

大斎原にも立ち寄った。

僕は以前、大斎原でひとつの啓示のようなものを受けたことがある。

今回は、強い言葉が降りてくるというより、もっと静かなものだった。

「その方向で良い」

そんな確認のようなイメージだった。

命令ではない。

叱咤でもない。

ただ、進んでいる道を静かに肯定されたような感覚。

だから、僕はそれを胸にしまった。


そこから、新宮の花の窟神社へ向かった。

お昼の12時ごろだったと思う。

花の窟神社。

イザナミの御神体とされる巨大な磐座。

正直、圧倒された。

見たことのないスケールだった。

神社というより、大地そのものだった。

人間が何かを祀ったというより、最初からそこに在るものに、人間が祈りを合わせてきた場所。

そんな感じがした。

イザナミの御神体とされるのも分かる。

母なる大地。

死と再生。

産み、還し、また芽吹かせる力。

そういうものが、理屈ではなく、岩の前に立つだけで伝わってくる。

熊野本宮が「道の確認」だとすれば、花の窟は「大地の根源」だった。


その後、14時ごろに吉野へ向かった。

祈空畝へ。

熊野から新宮へ行き、そこから吉野へ戻る。

なかなか濃い移動だ。

でも、僕にとっては神社参拝だけで終わる旅ではなかった。

祈って終わりではない。

土に戻る。

それが祈空の感覚だ。

祈空畝では、しっかり畑の手入れをした。

タマネギを見た。

ほうれん草を見た。

そして祈空台では、お茶の新芽を少し摘んだ。

ちょうど八十八夜の頃。

一年の節目。

お茶の新芽を摘むという行為そのものが、季節と大地のリズムに触れる儀式のようでもあった。

熊野で祈り、花の窟で大地に触れ、吉野で土を整える。

後から考えると、これもまた、妙に出来すぎた流れだった。


そして、大阪へ帰った。

家に着いたのは17時ごろ。

移動と参拝と畑仕事で、さすがに少し疲れていた。

僕はゆっくり横になった。

その瞬間だった。

スマホの地震警報が鳴った。

あの音は、何度聞いても嫌なものだ。

体が勝手に反応する。

警報から数秒後。

大きめの揺れが来た。

大阪でも震度3。

揺れた瞬間、僕はただの地震だとは思えなかった。

すぐにニュースで震源を確認した。

そこで、少し血の気が引いた。

午前中に通っていた場所が、ほとんどそのまま震度4で揺れていた。

田辺。

熊野。

新宮。

そして、熊野本宮へ向かう手前あたり。

僕たちが朝に通過していたラインだった。

僕は地震を予知したとは言わない。

そんなことを言えば、この話は一気に軽くなる。

ただ、事実として、僕は揺れる前の大地を通過していた。

朝、南海トラフのことをふと思いながら露天風呂に入っていた。

熊野本宮で参拝し、大斎原で「その方向で良い」という感覚を受けた。

花の窟でイザナミの巨大な磐座に圧倒された。

吉野で祈空畝を整えた。

そして帰宅して横になった直後に、その土地が揺れた。

偶然だと言えば、もちろん偶然だ。

でも、偶然にしては出来すぎている。


実は、こういうことは今回が初めてではない。

以前、伊豆に行ったときもそうだった。

本来なら早く出る予定だった。

けれど、僕は寝坊した。

その結果、新名神のトンネル事故を回避した。

その時も思った。

「僕は、何かにずらされているのかもしれない」

今回も同じだ。

僕は危険の中に突っ込んだのではない。

危険が鳴る前に、そこを通過していた。

それが偶然なのか、流れなのか、守りなのか。

僕には分からない。

ただ、僕の人生には時々、こういう“配置”が現れる。

前後の出来事が、妙に噛み合いすぎる。

後から振り返ったときに、点と点が線になってしまう。

今回の熊野も、まさにそれだった。

金曜の雨。

田辺の極太の虹。

朝の露天風呂で感じた違和感。

熊野本宮の青空。

大斎原での静かな確認。

花の窟の巨大な磐座。

吉野の畑。

お茶の新芽。

そして、帰宅直後の地震。

ひとつひとつは、ただの出来事かもしれない。

でも、つながると物語になる。

僕はその物語を、無理に神秘化したいわけではない。

ただ、見なかったことにはできない。


地震は怖い。

自然は、人間の都合など聞いてくれない。

南海トラフがいつ来るのかも分からない。

僕たちはその上に暮らしている。

祈っても、備えは必要だ。

啓示があっても、防災は必要だ。

スピリチュアルに寄りすぎて、現実を見失ってはいけない。

だから僕は、防災士としても、こう思う。

不思議なことが起きたときほど、現実の備えを確認するべきだ。

水。

食料。

避難経路。

車の燃料。

モバイルバッテリー。

家族との連絡方法。

そして、自分が今どこにいるのかという感覚。

祈りと防災は、対立しない。

むしろ、本来は同じ方向を向いている。

命を守ること。

大地に敬意を払うこと。

人間が自然を支配しているという勘違いを手放すこと。

その意味で、今回の熊野参拝と地震は、僕にとってひとつの確認だった。


熊野本宮で受け取った感覚。

「その方向で良い」

それは、祈空という道に対する確認だったのかもしれない。

祈ること。

土に触れること。

水を大切にすること。

大地と共に暮らすこと。

そして、危険を感じたら備えること。

僕は地震を当てたわけではない。

ただ、揺れる前の大地の上を、祈るように通過していた。

そして、家に帰った直後に、その大地が鳴った。

不思議すぎる話だ。

でも、これは僕に実際に起きた話である。

偶然と呼ぶには、あまりに出来すぎていた。

だから、ここに記録しておく。

未来の自分が、この日の意味を忘れないために。



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神原月見|言語化審神者(げんごかさにわ) 再び空を飛ぶ為の訓練費用に使わせていただきますm(_ _)m