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『彼女と別れたと言ったら地元の女友達が爆速で上京してきた』



「彼女と別れた」

そう送ったのは、別に深い意味があったわけじゃない。

ただ、誰かに聞いてほしかった。

それだけだった。

大学進学を機に地元を離れ、東京で一人暮らしを始めて二年。

慣れない土地にも、満員電車にも、馬鹿みたいに高い家賃にも慣れて。

大学で友達もできて。

バイトも始めて。

そして、彼女もできた。

――その彼女と、昨日別れた。

大喧嘩をしたわけじゃない。

どちらかが浮気をしたわけでもない。

ただ、少しずつ噛み合わなくなって。

話し合った結果、別れることになった。

だから余計に、どういう顔をすればいいのか分からなかった。

悲しい。

寂しい。

でも、泣き叫ぶほどでもない。

そんな中途半端な感情を抱えたまま、○○は大学から帰ってきて、コンビニ弁当すら買う気になれず、ベッドへ寝転んでいた。

スマホを開く。

LINEの上の方には、地元のグループ。

高校時代の友人たち。

その中でも、今でも個人的に頻繁に連絡を取っている女の名前をタップした。

『山下瞳月』

幼馴染――というほど小さい頃からではない。

中学で知り合って、高校も同じ。

気づけばいつも一緒にいた。

卒業して○○が東京へ出てからも、くだらないLINEを送り合っている。

『東京どう?』

『人多すぎ』

『田舎もんにはしんどいやろ』

『お前も田舎もんだろ』

『うちは都会に適応できるタイプの田舎もんやから』

『意味わからん』

そんな、本当にどうでもいい会話を続けてきた相手。

だから。

『彼女と別れた』

そう送った。

既読。

早い。

そして。

『は?』

返事も早かった。

『昨日別れた』

『なんで?』

『まあ色々』

『浮気された?』

『されてない』

『○○がした?』

『するわけないだろ』

『じゃあなんで別れんねん』

『色々だよ』

少し間が空く。

『大丈夫なん?』

その一文だけ、いつもの瞳月らしくなかった。

普段なら、

『ざまあ』

くらい言ってきそうなのに。

○○は天井を見ながら返信する。

『まあ、ちょっと寂しい』

既読。

それから、返事が来なかった。

「……なんだよ」

心配してくれたと思ったのに。

まあ、瞳月にも生活がある。

○○はスマホを置いた。

そのまま寝た。

翌日。

土曜日。

朝十時。

ピンポーン。

「……ん」

ピンポーン。

「……誰だよ」

昨夜、風呂にも入らず寝落ちした○○は、ぼさぼさの髪のまま玄関へ向かった。

宅配便か。

それとも何かの勧誘か。

ろくに確認せず、扉を開ける。

「はーい……」

「おっそ」

「…………」

「何分待たせんねん」

「…………は?」

目の前。

キャリーケース。

その持ち手を握る、小柄な女の子。

少し眠そうな目。

長い髪。

見慣れた顔。

そして、○○を見るなり露骨に眉を寄せる表情。

「……瞳月?」

「他に誰がおんねん」

「なんで?」

「来たから」

「いや、それは見れば分かる」

「ほな聞くなや」

「そういうことじゃなくて」

○○は一度、扉を閉めた。

「ちょっ!」

外から声がした。

再び開ける。

いた。

「夢じゃない……」

「何してんねん!」

「いや、意味分かんなくて」

「こっちかて朝から新幹線乗って疲れてんねん。はよ入れて」

「待て待て待て」

○○はキャリーケースを見る。

「お前……地元から来た?」

「そうやけど」

「新幹線で?」

「他にどうやって来んねん」

「昨日の今日で?」

「…………」

瞳月が目を逸らした。

「たまたま」

「絶対嘘だろ」

「たまたま東京に用事あって」

「キャリーケース持って?」

「……うるさい」

「瞳月」

「うるさいって!」

耳が赤い。

そこで、ようやく理解した。

まさか。

「俺が彼女と別れたって言ったから?」

「ちゃう」

即答。

「じゃあなんで」

「東京観光」

「どこ行く予定?」

「……スカイツリー」

「他は?」

「東京タワー」

「他」

「……渋谷」

「小学生の修学旅行か」

「うっさいなぁ!」

瞳月がキャリーケースを引っ張り、○○を押し退けて部屋へ入ってくる。

「とりあえず泊めて」

「何泊する気?」

「二泊」

「ホテルは?」

「取ってない」

「観光する気ゼロだろ」

「あるわ!」

「じゃあなんでホテル取ってないんだよ」

「○○ん家あるやん」

「…………」

当然のように言われて、言葉に詰まった。

「……まあいいけど」

「ん」

靴を脱ぐ。

昔からそうだった。

瞳月は、○○の前では妙に遠慮がない。

高校時代も○○の家へ来れば勝手に冷蔵庫を開けたし、○○の母親からお菓子を貰い、○○のベッドに寝転びながら漫画を読んでいた。

だから今も。

「狭」

「第一声それ?」

「ほんまにここ住んでんの?」

「大学生の一人暮らしなんてこんなもんだろ」

「汚い」

「昨日色々あったんだよ」

「……ふーん」

瞳月の視線が、部屋を巡る。

そして。

「ここに元カノ来てたん?」

唐突だった。

「まあ」

「泊まった?」

「まあ……」

「ふーん」

「何?」

「別に」

明らかに機嫌が悪くなった。

「布団」

「え?」

「布団どこ?」

「そこ」

クローゼットを指差す。

瞳月が開ける。

「これ元カノ使った?」

「……何の確認?」

「使った?」

「使ったことあるけど」

「嫌」

「は?」

「これ嫌」

「なんでだよ」

「なんでも」

瞳月は布団を戻す。

そしてベッドを見る。

「今日うちここで寝る」

「俺は?」

「床」

「俺の家だぞ」

「ほな一緒に寝たらええやん」

「…………」

「…………」

二人の視線がぶつかる。

瞳月が固まった。

自分で言ってから気づいたらしい。

「いや……」

顔が赤くなる。

「ちゃうから」

「何が?」

「そういう意味ちゃうから!」

「俺まだ何も言ってないけど」

「顔が言うてる!」

「言ってない」

「言うてる!」

面白い。

昔からこうだ。

口では強い。

けれど、自分が攻められると弱い。

○○が笑うと、瞳月はますます頬を膨らませた。

「……なんやねん」

「いや。変わんないなって」

「○○もな」

「俺?」

「アホそうな顔」

「帰れ」

「嫌」

「即答すんな」

「せっかく来たのに」

ぽつり。

その言い方が妙に可愛くて。

○○は何も言えなくなった。



昼。

「何食べたい?」

「なんでも」

「それ一番困るやつ」

「○○がいつも送ってくるラーメン」

「ああ」

「食べたい」

「じゃあ行くか」

二人で外へ出た。

地元では当たり前だった。

並んで歩く。

電車に乗る。

くだらない話をする。

でも東京で瞳月と並んでいると、不思議な感覚になる。

「人多っ」

「東京観光するんじゃなかったの?」

「やっぱ無理」

「都会に適応できるタイプの田舎もんじゃなかった?」

「うるさい」

駅のホーム。

電車が入ってくる。

休日とはいえ混んでいる。

乗り込む。

「うわっ」

人に押され、瞳月が○○の胸元へ飛び込んできた。

「大丈夫?」

「……ん」

○○は反射的に瞳月の肩を抱く。

その瞬間。

瞳月が固まった。

「……何?」

「なんもない」

「顔赤いけど」

「暑いだけ」

「電車涼しいぞ」

「うるさい」

それでも離れない。

むしろ次の揺れで。

きゅっ。

○○の服を掴んだ。

「……東京嫌いや」

「なんで?」

「人多い」

「それは分かる」

「……でも」

小さく。

「○○おるなら、まあええけど」

「え?」

「なんでもない!」

その日の瞳月は、少し変だった。

ラーメンを食べて。

ゲームセンターへ行って。

ショッピングモールを歩いて。

夕方にはスーパーへ寄った。

「今日何する?」

「鍋」

「夏だぞ」

「部屋クーラー効いとるからええやん」

「まあいいけど」

カゴへ野菜を入れる瞳月。

「肉これでええ?」

「いいよ」

「豆腐」

「はい」

「酒は?」

「飲む?」

「飲む」

二人とも成人している。

缶チューハイを何本か入れる。

そして。

「……なんか」

○○は瞳月の横顔を見る。

「何?」

「新婚みたい」

「――っ!」

ガンッ。

瞳月がカートを棚にぶつけた。

「危なっ」

「お、お前が変なこと言うからやろ!」

「冗談だって」

「アホ!」

そう言って先へ行く。

けれど。

「…………新婚」

小さく呟いて。

ほんの少しだけ。

嬉しそうに笑っていた。



夜。

鍋を食べながら酒を飲む。

テレビでは、適当なバラエティ番組。

「で」

瞳月が言った。

「何?」

「なんで別れたん?」

来ると思っていた。

「……色々」

「昼もそれ言うた」

「まあ、価値観とか」

「好きじゃなくなった?」

「いや」

「向こうが?」

「それも違う」

○○は缶を置く。

「なんか……好きだけじゃ無理だったんだろうな」

「……そっか」

「うん」

少しだけ沈黙。

「寂しい?」

「……まあ」

「まだ好き?」

「どうだろ」

自分でも分からない。

「戻ってきてって言われたら?」

「…………」

○○が答えに詰まった。

その瞬間。

「嫌」

瞳月が言った。

「え?」

「戻らんといて」

「なんで瞳月が決めるんだよ」

「嫌やから」

「だから何が」

「嫌なもんは嫌」

酒のせいだろうか。

頬が赤い。

「……昔からそうやん」

「何が?」

「○○、彼女できるたび連絡減る」

「まあ、それは……」

「別れたら戻ってくる」

「言い方」

「うちんとこ戻ってくるくせに」

瞳月は缶を握る。

「また彼女できたら、いなくなる」

「…………」

「ずっとそれ」

声が震えていた。

そこで。

○○はようやく気づく。

ずっと近くにいたから。

近すぎたから。

考えたことがなかった。

「瞳月」

「何」

「もしかして」

「言うな」

「俺のこと――」

「言うなって!」

瞳月が立ち上がった。

そして。

逃げるようにベッドへ向かう。

布団へ潜った。

「……寝る」

「まだ八時だけど」

「寝る!」

「風呂」

「明日!」

「歯磨き」

「あとで!」

完全に子供だった。

○○は苦笑する。

けれど。

胸の奥が妙にうるさい。



十一時。

風呂から上がると、瞳月はまだベッドにいた。

起きている。

スマホを触っているから分かる。

「瞳月」

「……何」

「床で寝るから」

「え?」

「俺」

「…………」

瞳月が布団から顔を出す。

「なんで?」

「お前がベッド使うって言っただろ」

「……一緒でええ」

「狭いぞ」

「ええって」

「でも」

「ええから」

妙に強い。

結局。

「……お邪魔します」

「自分のベッドやろ」

二人で横になる。

狭い。

シングルベッド。

当然、肩が触れる。

「…………」

「…………」

気まずい。

高校時代、修学旅行で男女数人が同じ部屋に集まって夜中まで喋ったことはある。

家で昼寝したことだってある。

でも。

二十歳を過ぎた男女が。

夜。

二人きりで。

同じベッド。

意味が違う。

「○○」

「ん?」

「こっち向いて」

「なんで」

「ええから」

横を向く。

近い。

「…………」

瞳月がこちらを見ている。

暗い部屋。

カーテンの隙間から入る街の明かりだけで、その表情が見える。

「何?」

「……彼女とこうやって寝てたん?」

「お前今日そればっかだな」

「ええやん」

「まあ、寝てたよ」

「……ふーん」

「怒るなよ」

「怒ってへん」

「怒ってるだろ」

「怒ってない」

「じゃあなんで睨んでるの」

「顔がこういう顔なんや」

「怖」

「しばくぞ」

少し笑った。

瞳月も。

「……なあ」

「ん?」

「○○ってさ」

瞳月が布団の中で、○○の服の裾を掴む。

「うちが東京来た理由、ほんまに分からん?」

「…………」

分からないふりをしていた。

たぶん。

認めるのが怖かった。

「俺が落ち込んでると思ったから?」

「それもある」

「観光」

「それは嘘」

「知ってる」

「……ほんまは」

瞳月が息を吸う。

「チャンスやと思った」

「チャンス?」

「最低やろ?」

「何が」

「○○が彼女と別れたって聞いて」

指先が震える。

「心配した」

「うん」

「めちゃくちゃ心配した」

「うん」

「でも」

瞳月が顔を伏せた。

「ちょっと嬉しかった」

「…………」

「最低やろ」

「別に」

「最低や」

「じゃあ俺も最低かも」

「なんで?」

「今、ちょっと嬉しいから」

瞳月が顔を上げた。

「……何が?」

「お前が来てくれたこと」

「…………」

「寂しかったけど、今日楽しかった」

「…………」

「瞳月がいてくれて良かった」

次の瞬間。

ぎゅっ。

抱きつかれた。

「うおっ」

「……アホ」

「何が」

「そういうこと簡単に言うなや」

「本当のことだし」

「期待するやん」

「何を?」

「分かっとるくせに」

胸元へ顔を埋める。

○○は迷って。

瞳月の背中へ腕を回した。

「……抱きしめても怒らない?」

「もう抱きしめとるやん」

「確かに」

「アホ」

「瞳月」

「ん」

「顔見せて」

「嫌」

「なんで」

「絶対ブサイク」

「昔から見てる」

「それどういう意味?」

「可愛いって意味」

「…………」

動かなくなった。

「瞳月?」

「……今それはずるい」

「何が?」

「うるさい」

少しして。

瞳月が顔を上げた。

目が潤んでいる。

近い。

息が触れる。

「○○」

「ん?」

「キスして」

心臓が跳ねた。

「……いいの?」

「聞くな」

「でも」

「今聞いたら恥ずかしくなるやろ」

「もう赤いけど」

「しばくぞ」

「怖いって」

「……はよ」

目を閉じる。

○○は少し迷って。

その唇へ、自分の唇を重ねた。

触れるだけ。

数秒。

離れる。

「…………」

瞳月は目を開けた。

「短い」

「初回なんだから」

「何やねん初回って」

「じゃあもう一回?」

「…………ん」

今度は。

瞳月から近づいた。

ちゅっ。

唇が重なる。

さっきより長い。

離れて。

また重なる。

何度も。

「……ん」

瞳月の指が○○の服を握る。

「○○」

「ん?」

「もっと」

それから何度キスしたのか分からない。

昔から知っている女の子。

制服姿も。

泣いている顔も。

怒っている顔も。

高校の文化祭で笑っていた顔も。

卒業式の日、東京へ行く○○に。

『別に寂しくないし』

と言いながら泣いていた顔も。

全部知っている。

なのに。

唇の柔らかさだけは。

今日初めて知った。

「……○○」

「何?」

「ぎゅってして」

抱きしめる。

「もっと」

少し強くする。

「……落ち着く」

「俺も」

「ほんま?」

「うん」

「元カノより?」

「比較させるな」

「……じゃあ」

瞳月がこちらを見る。

「これから比較できんくらい、うちのこと好きになればええやん」

「…………」

「何その顔」

「大胆だなと思って」

「うっさい」

そしてまたキス。

さっきまで照れていたくせに。

一度堰が切れたら、瞳月は止まらなかった。

○○の胸へ頬を寄せ。

腕を絡ませ。

「○○」

「ん」

「好き」

「……うん」

「めっちゃ好き」

「うん」

「中学ん時から」

「……そんな前?」

「そうや」

「全然気づかなかった」

「気づけや」

「無理だろ」

「高校ん時、バレンタイン毎年渡したやん」

「義理って言っただろ」

「照れ隠しや!」

「分かるか!」

「卒業式も泣いたやん!」

「みんな泣いてた」

「○○が東京行くの嫌やったからや!」

「言ってくれよ!」

「言えるかアホ!」

そんなやり取りが可笑しくて。

二人で笑う。

そして。

笑いが収まった頃。

「……でも」

瞳月が呟いた。

「怖かった」

「何が?」

「告白して、○○と今までみたいに話せんくなるの」

「…………」

「やから、友達でええと思ってた」

「うん」

「彼女できたって聞いた時も」

「…………」

「泣いたけど」

「え?」

「めっちゃ泣いた」

知らなかった。

「それでも、○○が幸せならええかなって」

「瞳月……」

「でも昨日」

胸元へ額を押し付ける。

「彼女と別れたって来て」

「うん」

「今行かんかったら絶対後悔するって思って」

だから。

朝一番の新幹線。

ホテルすら取らず。

キャリーケースだけ持って。

地元から東京まで。

「……爆速すぎだろ」

「うるさい」

「でも嬉しい」

「…………」

「ありがとう」

頭を撫でる。

「子供扱いすんな」

「嫌?」

「……嫌ちゃう」

そのまま髪を撫でる。

瞳月が目を細めた。

「○○」

「ん?」

「もう一個聞いてええ?」

「いいよ」

「うちのこと」

少し間。

「女として見れる?」

その問いに。

今度は迷わなかった。

「見てる」

「…………」

「少なくとも今は、完全に」

「……そっか」

「うん」

「じゃあ」

瞳月が身体を起こした。

そして。

○○の肩を押す。

「え?」

そのまま仰向けにされる。

瞳月が上から覗き込んできた。

長い髪が垂れる。

頬は真っ赤。

瞳は揺れている。

明らかに緊張している。

それでも。

逃げない。

「瞳月?」

「……○○になら」

声が震える。

それでも、はっきりと。

「好きにされてもええよ?」

「…………」

「それくらい……好きやもん」

そう言って。

瞳月が○○を押し倒した。

「……お前、それ意味分かって言ってる?」

「分かっとる」

「本当に?」

「……たぶん」

「たぶんかよ」

「うるさい!」

恥ずかしさに耐えられなくなったのか、○○の胸を軽く叩く。

「めっちゃ勇気出したのに!」

「ごめんごめん」

「アホ!」

「瞳月」

手を取る。

指を絡める。

「無理しなくていい」

「無理ちゃう」

「でも」

「○○やから」

「…………」

「他の人やったら嫌」

瞳月はゆっくりと身体を預けてくる。

「○○やから……もっと近くなりたい」

「うん」

「でも」

「ん?」

「ちょっと怖い」

「じゃあ今日はここまで」

「…………え?」

「キスして、抱きしめて寝よう」

「え、でも」

「急がなくていいだろ」

「…………」

「俺もちゃんと整理したい」

昨日まで、別の人と付き合っていた。

だから。

瞳月の気持ちを。

寂しさを埋めるためだけに利用したくない。

「俺、お前のこと大事にしたい」

「…………」

「だから今日は」

言葉は最後まで続かなかった。

瞳月がキスしたから。

「……それ」

「何?」

「めっちゃ好き」

「何が」

「そういうとこ」

またキス。

そして。

「でも」

瞳月が耳元で囁いた。

「覚悟はしといてな」

「何の?」

「うち、結構我慢してきたから」

「…………」

「○○がちゃんとうちのこと好きになって」

ぎゅっと抱きつく。

「彼氏になってくれたら」

少しだけ意地悪そうに笑った。

「その時は、いっぱい甘えるから」

「それは怖いな」

「なんでや!」

「冗談」

「アホ」

もう一度抱きしめる。

今度は瞳月も、強く抱き返した。



翌朝。

目を覚ます。

「…………」

重い。

胸の上。

「……ん」

瞳月が寝ている。

完全に抱き枕にされていた。

「瞳月」

「んー……」

「朝」

「まだ寝る……」

「十時」

「…………」

目が開いた。

「十時!?」

「嘘。七時」

「○○!」

「痛い痛い!」

叩かれる。

「最低!」

「起きたじゃん」

「最悪な起こし方や!」

それでも。

離れない。

むしろ。

「……おはよ」

胸へ顔を埋め直す。

「おはよう」

「…………」

「何?」

「夢じゃなかった」

「昨日のこと?」

「ん」

「夢じゃないよ」

「……キスした?」

「した」

「いっぱい?」

「いっぱい」

「うち告白した?」

「した」

「…………」

布団へ潜った。

「うわあああ……」

「今更?」

「恥ずかしい!」

「昨日あんなに積極的だったのに」

「言うな!」

「好きにされてもええよ、だっけ?」

「忘れろ!!」

「それくらい好きやもん」

「○○!!」

枕が飛んできた。

笑いながら受け止める。

そして。

布団から少しだけ顔を出した瞳月と目が合う。

「……何笑っとんねん」

「可愛いなって」

「…………」

また隠れた。

「瞳月」

「何」

「出てきて」

「嫌」

「キスしたい」

ぴくっ。

布団が動く。

数秒後。

ゆっくり顔が出た。

「……一回だけな」

「はいはい」

「何その言い方」

「じゃあしない?」

「する!」

即答。

笑って。

顔を近づける。

朝の光の中。

唇が触れた。

一回。

離れる。

「…………」

「…………」

「もう一回」

「一回だけじゃなかった?」

「うるさい」

二回目。

三回目。

結局。

何度もキスした。

「……なあ、瞳月」

「ん?」

「付き合う?」

「…………」

瞳月の動きが止まった。

「え?」

「俺と」

「…………」

「嫌?」

「嫌ちゃう!」

「声でか」

「だって!」

目に涙が溜まる。

「……ほんまに?」

「うん」

「寂しいからとかちゃう?」

「違う」

「元カノ忘れるためとか」

「違うよ」

「……ほんま?」

「昨日一日一緒にいて思った」

瞳月の頬に触れる。

「やっぱり、お前がいると楽しい」

「…………」

「これからも一緒にいたい」

「…………」

「地元に帰った後も」

「うん」

「遠距離になるけど」

「うん」

「それでもよかったら」

最後まで言う前に。

抱きつかれた。

「……遅い」

「ごめん」

「何年待ったと思ってんねん」

「ごめんって」

「アホ」

「うん」

「鈍感」

「うん」

「……好き」

「俺も」

「そこはめっちゃ好きって言え」

「めっちゃ好き」

「……ん」

満足そうに笑う。

「じゃあ今日から彼女な」

「はい」

「連絡毎日」

「はい」

「電話も」

「はい」

「女の子と二人で遊ばんといて」

「束縛早くない?」

「嫌?」

「嫌じゃない」

「あと」

「まだあるの?」

「月一で東京来る」

「交通費大丈夫?」

「バイト増やす」

「無理するなよ」

「ほな○○も地元帰ってきて」

「交代で?」

「ん」

「分かった」

「あと」

瞳月がにやっと笑う。

「次来た時」

「うん?」

耳元へ顔を寄せる。

「昨日の続きな」

「…………」

「今度は止めたら怒るで?」

「朝から何言ってんだよ」

「彼女やもん」

「万能じゃないぞ、その言葉」

「ふふ」

楽しそうに笑う。

そんな瞳月を見て。

○○も笑った。

昨日まで。

一人になったと思っていた。

恋人と別れて。

東京の狭い部屋で。

どうしようもなく寂しくて。

地元の女友達へ送った、たった一通。

『彼女と別れた』

まさかその翌朝。

新幹線に飛び乗った女の子が玄関の前に立っているなんて。

そして。

その次の日には。

「○○」

「ん?」

「好き」

「俺も」

「もっと」

「めっちゃ好き」

「よろしい」

その女の子が彼女になっているなんて。

人生。

何が起きるか分からない。

「なあ」

「何?」

「今日、東京観光する?」

「あ」

瞳月が固まった。

「忘れてた」

「何しに来たんだよ」

「○○奪いに」

「…………」

「成功したからええやん」

「それが目的だったんだ」

「うん」

あまりにも当然のように。

瞳月は笑った。

「最初から、そのつもりやったで」

そして。

新しくできた彼女は。

朝っぱらからまた○○をベッドへ押し倒す。

「ちょ、瞳月?」

「彼女やから」

「それ理由になってないって」

「ええやん」

「観光は?」

「あと」

「朝飯」

「あと」

「チェックアウトとかないからいいけど……」

「○○」

「ん?」

「黙って」

頬を両手で挟まれる。

「……キスして」

「はいはい」

「はいは一回」

「はい」

「よろしい」

笑って。

唇を重ねる。

地元では、ただの女友達。

ずっと近くにいて。

近すぎたせいで。

一番大切な気持ちだけ、見落としていた。

東京と地元。

離れてしまった距離を。

瞳月はたった一晩で飛び越えてきた。

だったら。

今度は○○が。

彼女の何年分もの片想いを埋めていけばいい。

「……瞳月」

「ん?」

「来てくれてありがとう」

「……今更やな」

「本当に」

「ん」

照れたように笑って。

瞳月は○○の胸へ飛び込んだ。

「これからいっぱい返してな」

「何を?」

「うちが○○のこと好きやった時間分」

「何年分だよ」

「いっぱい」

「大変だな」

「逃がさんから」

「怖」

「なんか言うた?」

「何も」

「よろしい」

そして。

また二人で笑った。

――失恋の翌日。

人生で一番長かった片想いが終わって。

人生で一番近かった女友達が。

俺の彼女になった。

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