キオクシア特許訴訟にみる陪審制度という巨大リスク

日本の半導体大手「キオクシア」が、米国テキサス州の連邦地裁で約371億円(2.4億ドル)という巨額の損害賠償を命じる陪審評決を受けた。

争点は、フラッシュメモリの「誤り訂正技術」という極めてミクロで専門的な特許だ。

報道に、知財関係者やグローバル企業の経営陣は改めて冷や汗をかいたのではないか。

これは一企業の不運という話にとどまらず、「米国民事訴訟の陪審制度」というシステム自体が内包するバグを象徴しているからだ。

憲法上の権利(修正第7条)として市民の司法参加を保障するこの制度は、今やグローバルビジネスにとって、予測不可能な「ギャンブル」と化している。

1.
特許訴訟で争われるのは、バイオ、通信、半導体といった最先端の科学技術と、一文字の解釈で結論が変わる難解な特許法である。

しかし、それを裁く陪審員は、地域の一般市民からランダムに選ばれた「技術の素人」だ。

法廷では、複雑な数式や回路図のロジックよりも、「いかに分かりやすいストーリーを語れるか」「どちらの弁護士のプレゼンが魅力的か」という、本質とはズレたテクニックが勝敗を左右しがちになる。

その結果、裁判審理はエビデンスの戦いから、感情を揺さぶる「劇場型のエンタメ」へと変貌を遂げてしまう。

2.
人間が判断する以上、感情や偏見(アンコンシャス・バイアス)を完全に排除することはできない。

とりわけ「米国企業(原告)対 外国企業(被告)」の構図になった場合、地元の雇用や愛国心に訴えかける「米国の知財が外国に盗まれた」というナショナリズムのストーリーが響きやすくなる。 

さらに、テキサス州東地区(EDTX)や西地区(WDTX)のように、伝統的に「特許権者(原告)に極めて有利」とされる地裁が「特許ホットスポット」として機能しており、訴訟を起こす側が都合の良い法廷を選ぶ「フォーラム・ショッピング」の温床となっている。

3.
一般市民である陪審員にとって、大企業の資産規模は想像の枠を超えている。

それゆえ、賠償額の算定において金銭感覚が麻痺し、天文学的な金額の評決を下してしまうケースが後を絶たない。

さらに追い打ちをかけるのが、「故意の侵害(Willful Infringement)」の認定だ。

陪審員が「あらかじめ知っていて意図的に特許を侵害した」と判断すると、裁判官の裁量で損害賠償額を最大3倍に引き上げることができる。

この「一撃で企業が致命傷を負う」リスクの高さが、非のない企業であっても「理不尽な巨額の和解金」を支払って早期解決を図らざるを得ない歪んだインセンティブを生み出している。

4.
もちろん、陪審員の暴走を抑えるブレーキがないわけではない。

証拠を無視した不条理な評決に対しては、裁判官が事後に評決を覆す「JMOL(法律上の判決申し立て)」という制度がある。

しかし、このハードルは極めて高い。

また、特許庁の審判部(PTAB)で「そもそもこの特許は無効である」という審理が並行して進んでいても、地裁の陪審員がその専門的な議論を十分に考慮しないまま評決を出してしまうねじれも発生している。

5.
今回のキオクシアのケースも、これで終わりではない。

今後は裁判官による評決の修正や、連邦巡回区控訴裁判所(CAFC)への控訴、特許無効の判断を活用した減額闘争など、泥沼の「戦後処理」が続くことになるだろう。

過去にも、陪審員が下した数億ドルの評決が、控訴審で「ゼロ」や「大幅減額」にひっくり返った例は枚挙に暇がない。

6.
要は外観は民主的だが、実質は運任せなのだ。

米国のイノベーションを保護するための制度が、今や企業の足を引っ張る「法的リスクの地雷原」になっている。

専門裁判所の権限強化など、制度の抜本的な改革を叫ぶ声は強いが、憲法の壁は厚い。

グローバルに展開する日本企業にとって、この「予測不能なゲーム」にどう対抗していくかは、経営の最重要課題であり続けるだろう。

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