研究者と重度発達障害-私の像を統合する-
今回は私の二面性-すなわち研究者と重度発達障害者の二つの側面-を話そうと思う。私にはまだ他の側面があるが、それはおいおい語っていくことにする。
そもそもこのnoteを始めたきっかけは、他者から見た「私の像」を統合する必要があるとAI(Claude)に指摘されたからだ。すなわち、Qiitaで私のDFTの解説記事を読んでくださった方が、私のXアカウントのトップページに行くと「美少女(御坂美琴)アイコンのアカウントがDFTや量子モンテカルロ法と発達障害の経験談の両方を発信している」という事実に、認知的不協和を起こすという問題である。DFTの研究者が美少女アイコンを使っているという事実はまだ理解可能だろう。オタクの研究者はいることはいると思う。しかしそれに加えて重度発達障害者という「属性」も加われば、大半の人々は理解を拒否するだろう。このnoteは「研究者」「オタク」「障害者」という外部から見える私の三つの像を、他者に統合して理解してもらうようにするために始めた。
研究者としての話から始めよう。例えば、私が最初の投稿で触れたMISAKAアルゴリズムの話である。MISAKAアルゴリズムの提唱前、擬ポテンシャルの作成は「擬ポテンシャル職人」が職人芸的に行うものだった。良い擬ポテンシャルの作成には、十数個のパラメータを適切にチューニングする必要がある。適切なチューニングが行われないと、全電子計算を再現できず、バンド分散や体積-エネルギー曲線がずれる。従来は、チューニングは経験(勘といってもいい)による手作業で行われていた。そして、この作業は誰にでもできるものではない。結果として擬ポテンシャル作成は少数-世界でもごくわずか-の擬ポテンシャル職人の手に委ねられていた。これは暗黙知である。私はこの暗黙知を良しとしなかった。そして、高精度な擬ポテンシャル生成を「自動化可能な構造を持つ問題」として定式化し、自動化アルゴリズムであるMISAKAを発明した。
では、なぜ私がこのアルゴリズムを作れたのか。それはASD特性と無関係ではない。私がASDを通して培った方法論は「暗黙知を暗黙知としないで可視化し、再定義する」である。これが物理の研究に活かされている。
定型発達者の社会は暗黙知-「空気」といってもいい-ばかりである。私は暗黙知(あるいは空気)を良しとしない。というか正確には、暗黙知を暗黙のまま受け取ることができない。ASD特性により、暗黙のプロトコルが自動的に処理されない。だから、明示化しなければ使えない。明示化するためには、暗黙知の構造を分析し、言語化し、文章やアルゴリズムや数式として定式化する必要がある。この「明示化しなければ使えない」という制約が、私の「暗黙知を暗黙知としないで可視化し、再定義する」という方法論を生み出した。
その上で言うが、発達障害(ASD)は、正直に言って人生にはメリットがあるとは言えない。私は重度の発達障害である。何をもって「重度」と言っているかだが、客観的な指標がある。それは私が精神障害者保健福祉手帳2級を所持しているということである。精神障害者保健福祉手帳には1級から3級があり、1級は基本的に外出できず寝たきりのレベルであって、3級は就労に重大な困難が生じるレベルである。2級はその中間であり、日常生活に重大な困難が生じるレベルとされている。
発達障害において、ASD的症状としてよく知られているのは他者とのコミュニケーションの困難さである。私はこれももちろんあるが、最大の症状は「不安」である。私は常に不安である。不安の症状は、健常者において一般的だと思われる未来の不安ではなく、過去の出来事から来る。いわゆる「フラッシュバック」である。過去の嫌だった出来事がまざまざと甦るというのは本当に辛い。人間には過去の嫌な記憶を「忘れる」メカニズムがあるらしいが、私はそれが苦手のようである。20年前の記憶までフラッシュバックするのだ。医師からは抗不安薬を処方されており、不安が収まるまでは抗不安薬を飲んで耐えることにしている。それ以外にも、些細な出来事で不安になる。例えば小銭をなくした、スーパーの割引券をなくした、ラーメン屋のポイントカードをなくした、などなど。こういった細かなことでも死にたくなるほど不安になる。対処法はない。抗不安薬を飲んで耐えるしかない。
もう一つは不眠である。私は時々、ほとんど眠れなくなる。眠れる時期と眠れない時期は波があって、幸いこれを書いている今は眠れている。問題は、学会などで環境が変わった際はたいてい眠れなくなるということだ。学会発表を慢性的な睡眠不足の状態で行うのは本当に辛い。最初の記事で書いた、「計算物理春の学校」はまさにこの状態で、睡眠不足の状態でポスター発表をするのは本当に辛かった。なお、私は眠剤(睡眠薬)を毎日4種類9錠服用しているが、それでもこれである。
「こだわり」も辛い。私は非常にこだわる。服装も、習慣も、何もかも。私は新しい服を買うのが怖い。自分が着ている服にこだわっているからである。仕方なく服を買うときは、今着ている服にできるだけ近い見た目の服を購入することにしている。「こだわり」が達成できないとどうなるか。不安で苦しむのである。私の不安は、こだわりの裏返しなのだ。
私のこだわりは、私の「暗黙知を暗黙知としないで可視化し、再定義する」という方法論の根底にあるので、必ずしも悪い面ばかりとは言えないが、まあはっきりいって99%はデメリットである。
私のMISAKAを生んだ特性と、ポイントカードを失くして死にたくなる特性は、根底は同じものから来ている。
