よしなしごと

名前は記号にすぎない。
という事もあれば、
名前がついて初めてそれが存在するようになる。
という事もある。

名前の価値観や意義はその時々で雲泥の差がある。

大仰な始まりになったが、ただ私は記号と思いながらも名前の背景を想像するのが好きなのだ。

生物の命名などは、時たま事故が起きていてとても楽しい。

顔の中心(鼻あたり)が長ければゾウ○○、テング○○

斑点があればマダラ○○、縞々ならシマ○○

わかりやすくて好きだが、ちょっと待て、と思う名付けもある。

モドキである。
偽物、紛い物といったマイナスなイメージが実に理不尽である。
たまたま後に発見・命名されただけで、進化の過程としては先に存在しているのに "モドキ" と名付けられる事もある。やるせない。

名付けられた側は全く意に介していないだろうが、関係ないワタシはモヤモヤするのだ。

そんなワタシだが、自分の名前には頓着していない。
幼少期、習い事の先生がワタシの名前を間違って覚えていたが、間違った名前で呼ばれても普通に返事をしていたし(他の保護者がザワザワしていた)

職場で海外の方の名前のカタカナ表記に関して、事務さんが「本人がどっちでも良いって言うんです!自分の名前なのに何とも思わないのかしら!」
と怒っていたので、
「もしワタシが海外で働くってなった時に、
間違った名字(例えば田中だけど鈴木と間違われて)で呼ばれても、
そこの人たちが皆、ワタシ=鈴木って分かるなら良いかな、って思います。」
と答えて絶句された記憶がある。


案外、呼び名を気にするのは呼ばれる側より呼ぶ側なのかもしれない。