人はなぜラブレターを書くのかを観て[後半]
結論:何も起きない日常こそが、一番価値がある。
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映画を観終わった帰り道、
電車が踏切への立ち入りで20分近く遅延した。
本来なら、イライラしてもおかしくない状況だった。
時間は奪われ、予定も狂う。
けれどそのとき、ふと違うことを考えた。
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■ なぜそう感じたのか(理由)
人は普段、「何も起きない状態」を当たり前として扱う。
しかし、ほんの少しでも異常が起きたとき、
初めて“普段の状態”の価値に気づく。
遅延という非日常が、
逆に日常の価値を浮き彫りにした。
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■ そのとき頭に浮かんだこと
何もなく電車が動くこと。
事故が起きないこと。
時間通りに帰れること。
健康でいられること。
仕事があること。
勉強できること。
家族がいること。
電車の中で、ふと誰かに目がいく瞬間。
どれも、普段は意識すらしない。
けれど、それが揃っていること自体が、すでに十分すぎる。
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■ 具体的な捉え方(実践)
・「今日は何も起きなかった」を1つ数える
・当たり前を言葉にする
・1日の終わりに1行残す
例:
「今日も無事に帰ってこれた」
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■ 本質
幸せは、何かを得たときに生まれるものではない。
何も失っていない状態に、すでに存在している。
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■ まとめ
電車の遅延という、たった20分。
その時間が、逆に気づかせてくれた。
何も起きない一日。
それは退屈ではなく、守られている状態だ。
特別な出来事はいらない。
静かに、普通に、生きられること。
それだけで、十分に価値がある。
だからこそ、
その日常に、きちんと感謝して生きていきたい。
