となりの距離


朝の光が、床の上をゆっくり進む。

犬は玄関の前にいる。
扉の向こうを見ている。

猫は窓辺にいる。
外ではなく、ガラスに映る光を見ている。

同じ家の中で、
視線だけが離れている。





昼になる。

犬は一度だけ玄関から離れ、
水を飲み、また戻る。

猫は場所を変えない。
ただ、しっぽの先が時々動く。

風が、窓をわずかに鳴らす。





夕方。

扉が少しだけ開く。
人のいない隙間。

犬は動かない。
その場に座る。

猫が立ち上がる。

一度だけ、犬の方を見る。

それから、音もなく床を渡り、
開いた隙間を通り抜ける。

外の光に、輪郭が消える。





夜が来る。

犬はまだ玄関にいる。
外の匂いが、少し変わっている。

一度だけ、振り返る。
誰もいない部屋を見る。

そしてまた、扉を見る。





外は、暗い。

猫は低い塀の上を歩く。
足元を確かめるように。

遠くで、何かが動く。
猫は止まり、耳だけを向ける。

やがて、別の道を選ぶ。





朝。

犬は外に出ている。

開いたままの扉の前で、
少しだけ迷い、外へ出た。

道は続いている。

匂いを追い、
まっすぐ進む。





昼。

猫は高い場所にいる。
屋根の端。

風が強い。
一歩だけ下がる。

遠くを見る。
見覚えのある道が、細く伸びている。





夕方。

犬は川の前で止まる。
水は浅いが、流れている。

一歩、踏み出す。
水面が揺れる。

すぐに足を引く。

少しだけ下がる。

そして座る。

流れを見ている。

渡らない。

そのまま、しばらく動かない。





同じ頃。

猫はその川の上流を渡る。
細い板の上。

途中で、ほんの一瞬だけ止まる。

振り返る。

何もいない流れを見て、
また歩き出す。





夜。

雨が降る。

犬は木の下で丸くなる。
耳だけが外を向いている。

猫は屋根の隙間に入る。
体を小さくして、目を閉じる。

雨音だけが続く。

いつもより、少し長く。





朝。

雨は止んでいる。

犬は立ち上がる。
濡れた地面の匂いを嗅ぐ。

ゆっくり歩き出す。





猫も動く。

少しだけ低い場所へ降りる。
これまでより、地面に近い。

一度、足を止める。

それから、同じ高さを歩く。





昼。

同じ道。

時間のずれた足跡が残る。

犬はそれを嗅ぐ。
猫はそれを踏む。

どちらも、立ち止まる時間が少し長い。





夕方。

見覚えのある家が見える。

扉は閉まっている。
窓に光がある。

犬は玄関の前で止まる。
座る。

動かない。



少し遅れて、猫が来る。

塀の上から降りる。
音はしない。

犬の後ろ、少し離れた場所で止まる。



風が通る。

犬は振り返らない。
猫も鳴かない。

ただ、同じ空気の中にいる。



猫が、一歩近づく。

止まる。

もう一歩。

今度は止まらない。

犬の隣まで来る。



犬は動かない。

ただ、呼吸だけがゆっくりになる。



やがて、二匹は並ぶ。

触れないまま、
同じ方向を見る。

扉の向こうではなく、
少しだけ違う場所へ。





夜が来る。

玄関の前。

犬は座っている。
猫はその隣にいる。

どちらも、外を見ていない。



同じ場所。
同じ時間。

でも、最初とは少しだけ違う。

その違いは、音にならない。

ただ、そこにある。



あとがき

この物語では、犬と猫のあいだにある距離を、できるだけ言葉にせずに描こうとしました。

同じ場所にいても、見ているものは少し違う。  
離れてみて、はじめて気づくことがある。  
そして戻ったとき、前と同じように見えても、どこかが変わっている。

大きな出来事はありませんが、日々の中で静かに動くものをすくい取れたなら嬉しいです。

読んでいただき、ありがとうございました。

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