青春18きっぷで「5日間でどこまで行けるか」を本気でやった話
高校三年の夏。
受験勉強の空気がじわじわと教室を支配し始めていた頃、私たちはまだ、将来よりも「今」を信じていた。
「青春18きっぷで、5日間。海沿いだけで、どこまで行けると思う?」
放課後の教室で、友人の一人がそう言った。もう一人が笑いながら地図帳を開く。目的地は決めない。ただ、海を追いかけ、日本列島をできるだけ遠くまで走る。それだけがルールだった。
一日目 太平洋へ
山梨を始発。
まだ薄暗いホームに立ちながら、私たちは妙な高揚感に包まれていた。新幹線ではない。特急でもない。鈍行だけで日本を横断する。その無謀さが、十八歳にはちょうどよかった。
静岡を抜け、名古屋を越え、列車は伊勢へ向かう。
途中、私たちは伊勢神宮に立ち寄った。
次に乗らなければならない電車の時刻が迫っており、ゆっくりと参拝する時間もなく、伊勢神宮の入り口に触れてすぐ引き返した。
人生初のお伊勢参りは駆け足で終わった。
そして再び列車へ飛び乗る。
紀勢本線に入ると、窓の外に太平洋が現れた。青黒い海と、断崖と、小さな漁村。夕暮れが近づくにつれて、景色は少しずつ旅情を帯びていく。
その日の終点は和歌山県串本町。
本州最南端の町に着いた頃には、夜になっていた。潮の匂いが濃く、民宿の窓からは波の音が聞こえた。
駅からほど近くにある勘八というお寿司屋さんで夕ご飯を食べるのが、この旅の1つの目的だった。
もう営業時間が終わっていた。

二日目 大阪、そして夜行列車
朝の串本は、昨日とは別の町のように明るかった。
海沿いを北上し、大阪へ向かう。都会に近づくにつれて、車内の空気も変わっていく。
半日だけの大阪観光。
道頓堀で写真を撮り、たこ焼きを食べ、雑踏の中を歩いた。
途中、服屋でStüssyのTシャツを押し売りされ、買ってしまったりもした。
旅の途中で突然現れる大都市は、まるで別世界だった。
しかし、この旅の本番は夜だった。
大阪駅。
ホームに滑り込んできた青い車体。
ムーンライト九州。
青春18きっぷで乗れる、伝説の夜行快速。
ボックス席に座り、窓の外に流れる街の灯を眺める。やがて会話は途切れ、車輪の音だけが続いた。
深夜、目を覚ますと、知らない駅をいくつも通過していた。
日本を、夜のまま走っている。
その感覚がたまらなく好きだった。

三日目 九州上陸、そして日本海へ
夜明け。
列車が関門トンネルを抜ける。
「九州だ」
門司港駅に降り立つ。
レトロな駅舎、潮風、まだ朝の光を含んだ空。
けれど、私たちには時間がなかった。
九州に上陸して、わずか四十分。
写真を撮り、海を見て、すぐに引き返した。
「もったいない」と思うが、私たちの目的は“滞在”ではなく、“到達”だった。
再び本州へ戻り、今度は日本海を目指す。
山陰本線に入ると、景色は太平洋側とはまるで違った。海は静かで、どこか寂しく、灰色の雲が低く垂れ込めていた。
夕方、出雲大社に到着する。
巨大なしめ縄を見上げながら、私たちははしゃいだ。
ここまで来たのか。
そんな実感が、ようやく胸に落ちてきた。
参拝を終えると、再び列車へ。
終電間近、鳥取駅に滑り込む。
タクシーに乗るお金が惜しかった、というよりもタクシーがいなかった。
「砂丘まで歩こう」
人気のない夜の鳥取市をバックパックを背負い三人で歩いた。
街灯が減り、風が強くなり、やがて目の前に巨大な闇が現れる。
鳥取砂丘だった。
月明かりに浮かぶ砂の丘は、海よりも静かだった。
テントを張り、疲れ果てて寝た。
風の音だけが続く。

四日目 東へ、ただ東へ
朝、キャンプ客のあさげの準備の音で目を覚ます。
早朝の鳥取砂丘を歩いた。
まだラクダは出勤していなかった。
バスで鳥取駅まで戻り、日本海沿いをさらに東へ進む。
鳥取、豊岡、宮津。
車窓には漁港と防波堤が繰り返し現れ、海はずっと左側に寄り添っていた。
途中、乗り継ぎで降り立った香住駅で見た、架線もなく陽炎から伸びる線路が1本あるだけの景色は、アニメで観る夏そのものだった。
天橋立の近くに着いた頃には、すでに空が暗くなっていた。
「行く?」
「もう見えないだろ」
結局、観光はしなかった。
舞鶴のビジネスホテルにチェックインし、コンビニ弁当を広げる。
豪華な食事ではない。
でも、四日間列車に揺られ続けた体には、それで十分だった。
ベッドに横になると、誰かが時刻表を見ながら言った。
「4日間、鈍行に乗り続けて尻が割れるほど痛い」
沈黙。
でも、行くしかない。

五日目 日本列島を縫う
最後の日。
福井、石川、富山。
駅名が流れるように過ぎていく。
北陸の海は広く、夏なのにどこか涼しかった。
新潟の直江津に着いたとき、私たちはついに進路を南へ変えた。
海と別れる瞬間だった。
信越本線を上り、長野へ。
山が近づくにつれて、旅の終わりが見えてくる。
長野駅のマクドナルドでハンバーガーを買い電車に乗り込み、旅最後の食事。
上諏訪駅での乗り換えの間に、ホーム内にある露天風呂に入り、体を清めて帰山する。
夕暮れ、山梨に到着。
ホームに降り立つと、見慣れた空気の匂いがした。
総移動距離は、もはや誰も正確に数えていなかった。
後になって思う。
あの旅は、「どこまで遠くへ行けるか」の挑戦ではなかった。
本当は、「まだ何者でもない自分たちが、どこまで自由でいられるか」を確かめる旅だった。
伊勢の静けさも、串本の潮風も、ムーンライト九州の車輪の音も、出雲大社の巨大なしめ縄も、月明かりの鳥取砂丘も、今では記憶の中で少しずつ美化されている。
十八歳のあの夏、私たちは日本の海岸線を追いかけながら、人生で二度と戻らない時間の中を走っていた。
