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saving an alien

今から数千万年ほど前のこと。
直径10kmにも及ぶ巨大な隕石が地球に激突。その影響で恐竜は死に絶えたのだという。
それほどでなくても、数mサイズであっても隕石が地球に衝突すれば、地表には巨大なクレータができるし、衝撃波が周囲に襲い掛かり、建物が壊れたり窓ガラスが割れたりけが人が出たりする。
それでいうと、その日地球に落ちてきた物体は、ほとんど何の影響も及ぼすことなく、すなわち隕石ではあり得ないという推測が成り立つものであった。
そのとき夜空を見上げていたものは、正体不明の発光体が視界を横切るのを目にしたはずで、流れ星にしては大きいということに気づいたものもいたであろう。


宇宙の色はベージュに近い白色だそうだ。
さまざまな恒星から届く光が混ざり合った銀河のスペクトルを分析した結果わかった色で、「コズミック・ラテ」と呼ばれる。

宇宙には匂いもある。
それは宇宙空間に存在するある種の粒子が、宇宙服や機材などと化学反応を起こした結果発せられる匂いで、焼けた金属や、ラズベリーのような匂いだという。

そんな話を聞くたび、少年は、はるか空の向こうに広がる宇宙に思いを馳せるのが好きだった。

彼は町はずれの山のふもとで一匹の猫と一緒に暮らしていた。
父親も一緒だったが、ふたりの間にこころの交流はないに等しかった。
ゆえに少年の中では父親は存在しないも同じで、コミュニケーションの相手はもっぱら猫や、周りの生き物たちだった。

少年には不思議なところがあった。
さまざまな生き物たちと意思を通わせているように見えたのだ。
猫や犬や鳥たちと、同じように喜び、同じように悲しみ、同じように怒っているように見える彼のことを、周りのひとびとは気味悪がった。
学校には居場所がなかったし、友達もいなかった。
いつも、どこにいても居心地が悪かったし、何とかして溶け込みたいとも思わなかった。小さいころ、母親にだけは受け入れられているような気がしていたが、学校に入って両親が離婚し、母親がいなくなるころにはもうあきらめていた。
自分が間違って生まれてきたような申し訳なさや、後ろめたいような感じが、いつも少年を包んでいた。
そんな少年を父親は無視した。

彼の身体にも、明らかに他人と違うところがあった。
尻にしっぽが生えていたのだ。
猫のような立派なしっぽ。
人前では隠すことを強いられた。成長するにしたがって長さが30cmほどに伸びてくると、背中の方へ這わせたときには下着やズボンに締め付けられて痛みを感じるようになった。
それで、股の間に挟んでみたが、トイレで用を足すのに邪魔だし、常に違和感は拭えなかった。
アイデンティティなどという難しいことはわからなかったから、ひとと違うということは重荷だった。

いつしか少年はひとり部屋にこもって、あるいは川辺の草むらに座って、空の向こうに広がる宇宙を想像しながらぼんやりひとりの世界に耽溺するのが常になった。
そしてその傍らにはいつも猫がいた。

いつから猫と暮らし始めたのか、少年は覚えていない。
物心ついたころからずっと一緒にいた気がしている。
わずか10年余りの人生のほとんどを、彼は猫と分かち合ってきた。それだからなのか、ただ長い間一緒にいたらみなそうなるのかはわからなかったけれど、どことなくお互いに通じ合っているような、感覚はあった。
少年が動こうとすると、その前に猫はその意思を感じてふっと眠っている顔をあげたし、出かけるために着替え始めるといつも、抗議するように甘い鳴き声を上げた。
少年は猫が何を考えているかはわからなかったけれど、これからどうしようとしているのかはおぼろげながらも感じることができた。
 
猫には名前がなかった。
少年はいつも口数が少なかったし、呼ぶときは「おーい」としか言わないから、特に名前を必要だと思わなかったのだろう。それでも寝る時はいつも少年の布団の中で一緒に眠るか、そうでないにしても少年の存在を感じられる同じ空間の中で眠りについた。


その日の夜、猫はある気配で目を覚ました。
静かな夜の中に、なにかが降ってくる。
遅れて少年が目を覚ました時、猫はもうその音を耳にしていた。人には何も聞こえなかったが、少年は猫の異変を感じ取っていた。
猫は両方の耳をぴんと立て、窓の外を凝視している。その視線の先には暗い夜空があるばかりで何も見えない。
そのようにして猫が何かに反応して一点を見つめることというのは珍しくなく、そのたびに視線の先を見ても何も見えないことはあったから、少年が気にすることはなかった。
ただ、目が覚めたということは何かを感じていたのかもしれない。

しばらくして、閃光が夜空をゆっくりと横切った。それは山の方へと向かっていた。流れ星にしては大きく、隕石にしては音も衝撃もなく、花火というよりはただの火の玉のようであった。

「なんだろう」

少年は猫と目を合わせたが、再び眠りに落ちることにした。
なんであれ、自分の生活に影響のあることではなさそうだし、自分にできることもなさそうだったから。彼はそのように、目に見える範囲のごくごくこじんまりとした世界の中で、必要か必要でないかを判断しながら生きていた。ただ少しだけ、宇宙から降ってきたものなら匂いがするかな、という興味は沸いたのだけれども。

猫は常日頃から、ほかの動物やあるいは少年と、どこか深いところでつながっていることを意識していた。身体の奥の方に無意識の大陸のようなものがあって、それがほかの生き物たちと地続きであるようなイメージ。他の生き物が命を落としたり、少年に何か異変が起きた時は、何となくその気配が伝わってくる。人で言う、虫の知らせといったものかもしれない。
そしていま、そこに何か新しい異物が加わったことを猫は感じた。
猫は光の向かった先をいつまでも眺めていた。

朝になると、生き物たちが騒ぎ始めた。
意識の底の方でなにかが呼び掛けてくるような感じがする。猫にはそれが、あの新しい異物であることがわかっていた。何だかわからないが気分がざわざわと落ち着かず、盛んに鳴き声をあげながら窓をがりがりとひっかいた。散歩に出かけた近所の犬たちも同じような違和感を感じているらしく、落ち着きなく吠えたり鳴いたりしていた。
普段騒がしいほど聞こえる小鳥のさえずりは全く聞こえず、みな山の方へと飛んで行ったようだった。

少年が目を覚ますと猫は訴えた。

行かないと。

扉を開けてやると、猫はまっしぐらに山の方へと向かった。少年もあとを追いかけた。
 
小さな里山の山頂部分、開けた草むらの中にそれはあった。
地中にめり込む形で煙を出しているその物体は、見ようによっては大きめの遊具のようにも見えた。
外側の金属様の外壁は空から落ちてくるときの摩擦熱のせいか、赤茶けたような色に焼けている。
その一部が破れ、中が見えている。
人ならふたりが精いっぱいという程度の狭い室内に、SF映画でよく見る計器類やスイッチの類は見当たらず、ガラスコーティングを施したような、
表面が異常に滑らかな部分が壁のあちこちに見て取れた。
 
恐る恐る近づいた少年は、それを、人類で初めて目にした。
 
液体のようなものが内部の床に広がっている。
半透明で少し盛り上がり、わずかに振動するように動いている。
なによりも目を奪ったのは、それが発している光だった。小さく丸い、様々な色の光が、点滅しながらゼリー状の物体の淵を走っている。それは科学番組に出てくる深海の生き物のようだった。
猫は耳をせいいっぱい後ろに寝かせ、しっぽの先まで毛を逆立てながらその物体を凝視している。

「これって、第三種接近遭遇ってやつ?」

周りの木々には四方から集まってきた鳥たちが群れていて、犬や猫やリスなどの生き物たちが中の様子をうかがっている。
猫はいつでも後に引ける用心深さで、おっかなびっくり中へ足を踏み入れた。
目らしきものや、耳とおぼしき部分などはどこにも見当たらないものの、
それが自分を認識するのを猫ははっきりと感じた。
ゆっくりと近づいていくと、それは形を変えはじめた。
ゼリー状の柔らかい上部が盛り上がり、いくつもの突起を伸ばす。光が突起の縁に合わせて先の方へと色を変えながら移動した。猫と相対した部分に光が集まり、突起が伸びてくる。猫の方も鼻をくんくんさせながら近づいていく。
 
猫とその物体との間でなにかの情報が交換されたことを少年は感じた。
納得したのか、猫は戻ってくると、少年に向かってひと声「にゃん」と鳴いた。
それの突起は力を失ったように引っ込み、せわしなく点滅していた光は少しおさまった。

「生きてるのかな?」

生き物の定義を少年は知らなかったが、その柔らかく半透明な物体の自由な動きは、機械とは思われなかった。とはいえ、そんな生物をこれまで見たことはなかったのだが。
 
猫ははっきりと、それが生きていることを理解していた。
ただしこの星の生き物と違う存在であることは明らかだった。
自分と少年や、周りの生物とを結ぶ無意識の大陸を通して、この見たことのない”いきもの”は、何らかの意思を伝えてきていた。
それは、生命の危機を訴えるSOSのように猫には感じられた。

少年が町の年長者たちに見たものを伝えると、彼らは山全体への立ち入りを禁じた。

「どうやらこれは空から降ってきたらしい」
「宇宙人ってことか?」
「侵略に来たのか?」

小さな町は、その歴史が始まって以来の大騒ぎとなったが、どうすべきなのか、わかるものはだれもいなかった。

「どうする?これ」
「どうするったって、ねえ?」
「燃やしちゃう?」
「は?どう見ても生きてるぞ」
「なんか感染の可能性とかないんですかね?汚染されるとか」
「今のとこ放射能とか危険なものは検知されていないし、接触しない限りとりあえずは大丈夫だろう」
「地球を偵察に来たんですかね」
「それならもっと動き回りそうなもんだけど」

偉い学者や研究者たちがこぞって町に押し寄せ、さまざまな計器類が持ち込まれた。
しかし、周囲の空気には何ら変化はなく、点滅する光以外それが何らかの信号や物質などを発していることもないようだった。見たところ有機物のようであったが、新陳代謝の証拠もなく、少なくともひとびとが持っている機械や計器で測れるようなものは何も確認できなかった。
ならばといろんな周波数の音波を当ててみたり、赤外線や紫外線、放射線、ガンマ線、電磁波などなど、ありとあらゆる方法でこちらからのアプローチも試みられたが、何の成果も得られなかった。

どうやら生きているようだ、というのは衆目の一致するところであったが、24時間監視をしていても大きく移動するようなこともなく、映画に出てくるエイリアンのように、朝起きたら家畜が消えていたとか、いつの間にか近くの洞窟に卵が生みつけられていた、などと言うようなこともあり得ないのだった。

「ほんとに生きてるのかな?」
「もはや触ってみるしかないのでは?」
「いやいやそれは・・・」
「いやだから実験用のネズミを入れるとか?」
「ほんのちょっとでも組織を採取できればいいんだけど」
「傷つけるなんてとんでもない!反撃されたらどうするの⁉」
「反撃なんてするだろうか。それよりも仲間がいるはずで・・・」

おおぜいの大人たちがいたけれども、これと答えを決めつけられるひとはいなかった。それはそうだ。だれも見たことのないものを目の前にしたら、そのような状態になってしまうのは、この国のひとびとにとってはごく自然のことのように思われた。

ときたま、超能力者だの、霊能者だの、エスパーだの、予言者だのを自称するものたちがやってきた。
みな口々にこう言った。

「呼ばれたんです」

中にはこう言うものもいた。

「助けを求めているのだ」

偉い学者や大人たちは、もちろん誰も相手にしなかった。
無理やり山へ入ろうとするものは逮捕された。
とりあえずできることは、見守ることだけだった。
ひとびとはだんだん、その奇妙ないきものがそこにいる日常に慣れつつあった。
ほとんど動かず、危険もない。やじ馬たちも最初はこわごわ山のふもとから、のちには図々しく山に忍び込むなどして見物にやってきたが、拍子抜けしたのか飽きてしまったのか、その数を減らしていった。
 
そのうちだれかが言い出した。

「こいつ、弱ってるんじゃないか?」
「なんで?」
「だって光が最初見た時より薄くなってるし、身体も透明じゃなくなってきてる」

言われてみれば確かにそう見えなくもなかった。

「何とか助けてやれないものか」
「どうやって?余計なことをしたらかえって弱ってしまうぞ」
「誰かが見てるんじゃないのか?我々が下手に手を出して殺してしまったら、それこそ後から宇宙人が侵略にやってくるとか」
「いや見てたら助けにくるでしょ」
「遠すぎてすぐには無理なんじゃない?」
「試してんのかも、人類を。うまく共存できる賢い種族なのかどうか見てるのかもよ」
「あ、あれはその星の下等生物で、その実験のために送り込まれたと」
「じゃあ何とかして助けなきゃじゃん」
「とはいえどうすればいいのか見当もつかん」

大人たちはだれも、何もできず困り果てていた。
そうしている間にも、宇宙から来たいきものは弱っていくようであった。


少年には双子の妹があった。
双子とはいえふたりはあまり似ていなかった。というよりその性格は全くきょうだいとは思えないほど共通点がなかった。
猫は一度に複数の子を産むが、中には父親の違う子がいることもあるという。自分たちもそうなのではないか、自分の父親はきっとこの父親ではないはずだ、と妹は昔から思っていた。

父と母が離婚をした時、妹は母について行った。如才なくふるまえる社会性の備わった少女だったため、学校でも友達ができたし、先生たちや周りの大人からの扱いも良かった。
彼女は、自分と違って如才なくふるまうことのできない兄のことをよく理解できなかった。
彼女にとって特別難しいことでもない、周りとのコミュニケーションを、まるでわざと壊してしまうような兄の振る舞いは、幼稚でわがままなようにも、病的なようにも思えた。
それでも彼女は兄に、ともかくも関心を持っていた。それが同情とほぼ同じこころの動きだったとしても。
 
その日も訪ねてきた妹を、少年は、自分が見つけたいきもののもとへ連れて行った。ちょっと誇らしい気持ちもあったのかもしれない。
大人たちが立ち入り禁止にしようと、その小さな山は少年の庭のようなものだったから、いくらでも隠れて入ることができた。

世間で話題になっているものを初めて目にした妹は言った。

「これ、何食べてるのかしら?」

そういえば、少年はそれが何かを摂取しているところを見たことがなかった。食べ物はもちろん、水分も。生物であるならば、なにかを摂取しないと生きていくことはできないのでは?

「植物みたいに光合成するのかな」

でもそれなら日に当たる場所へ出てきても良さそうなものだ。何も食べるものも飲むものもなくて弱っている、というのが一番考えられそうな推論だった。

「何か食べさせてみる?」

それからふたりは、家に帰って冷蔵庫からさまざまな食材を抱え、見つからないようにして再び戻ってきた。
まず初めにあげたのは、パンくずだった。
それは、少し反応したようだったが、もちろん食べたりはしなかった。

「ハトじゃないんだから、パンは食べないか」

肉や魚、チーズや牛乳、レタスにキャベツ、バナナにリンゴなど、いろんなものを投げてみたが、何も起こらなかった。
特別自分の人生とは関係ないだろうと思っていたものに、こんな風に積極的にかかわるのは初めてだった。
どうしてなんだろう。
それが何かははっきりわからなかったが、とらえどころのないひっ迫感というか焦燥感のようなものが感じられた。
それははっきりとそのいきものからの要請であるとは言えなかったものの、やはり何らかの意思が働いているような気がした。
なんとかしてやりたい、それは少年や猫や、その場にいる生き物たちの総意だった。

同じころ、町では大人たちが顔を突き合わせていた。

「地球の空気組成が良くないんじゃない?二酸化炭素からエネルギーを得てるとか」
「飲まず食わずではエネルギーも取り込みようがないよな」
「と言ってヘンなもの与えて殺しちゃったらまずいしな」
「水分はどんな生物でも必要なんじゃ?とりあえず水だけ与えてみるとか?」
「岩とか石を与えてみては?」
「ケイ素生命体だって言うの?あんなゼリーみたいなのに?」
「温度が暑すぎるか寒すぎるかなんだよ」
「地球の重力が大きすぎるとか?だからあんな風に床に伸びてしまっているのでは?」

大人たちの間ではもはや、それは単なるエイリアンではなかった。
宇宙のどこかにいて、常にこっちを見ているかもしれない自分たちよりはるかに進んだ技術を持つ種族が、このいきものの処遇次第では、人類を一蹴しにやってくるかもしれない、そんな思いにとらわれていたのだ。
下手なことはできない。
そのいきものをどうするかは、もはや人類の存亡がかかった選択になりつつあった。
だから、彼らには何もできなかった。
宇宙の隣人について、”みんな、どこにいるんだろう”と言っていたころが、いまやはるか昔のように思えた。
  
少年たちがあらかたの食物を試し終えたころ、雨が降り始めた。
いきものが地上に降り立ってから初めてのことだった。
そのとき、妹が変化に気づいた。

「なんか移動しようとしてるんじゃない?」

それは確かにそのゼリー状の身体をうねらせ、こちらににじり寄っているように見えた。表面の光が数回瞬き、移動する。
すると、猫がいきものにとっとっとっと近づき、前足で触れた。

「ちょっと!」

少年と妹ははっとしたが、猫が一瞬にして蒸発するとか、焼け焦げるとか、溶けてしまうとか言ったことは一切起こらず、猫はいきものに触れた前足でそれを押したり、向こう側へ回って鼻づらで押したりしている。
そのうち気配を感じて振り向くと、いつの間にかさまざまな生物が周りに集まってきていた。犬やリス、イタチといった動物やハチ、アリ、チョウにクモといった虫たち、そして無数の鳥たちがどこからともなく寄ってくるのだ。
みな、猫と同じように、いきものから何らかの意思を読み取っていた。
一部の動物たちが猫に加わり、それを押し始める。

「外に出たいんじゃない?」

少し迷った末に少年も手を貸すことにした。
妹は怖がって止めたが、彼の中にはそのいきものに対する親密な感情が芽生えていた。さすがに触れるときにはドキドキしたが、思い切って触れてみると、吸い付くような密着感と、ひんやりとした冷感が感じられた。
押してみると、ずっしりとした重みがあり、外に出すのはかなり骨の折れる作業だった。
 
ようやく外の空気に触れると、心なしかゼリーの表面が滑らかになったような気がした。
ぽつぽつと降ってくる雨粒がいきものに当たる。すると、水玉は表面を流れ落ちることなくあとからあとから消えてしまう。どうやら吸収しているようだった。

「ちょっと大きくなってない?」

いきものは雨を吸収するにつれ、少しずつ上部へ伸び、左右にも広がっているように見えた。

「水が飲みたかったのかな?」

本降りになってきた雨の中、いきものはせわしなく光を放ち、動物たちは落ち着きを取り戻していった。


同じころ、広い宇宙のどこかで、地球上で雨を受けるいきものの変化を感じ取ったものたちがいた。

ああ、よかった。

彼らは同胞(はらから)の無事に安堵した。
そしてそれに寄与した少年の存在を知った。
この星について多くの情報はないし、この異星生物がどのような生態であるかなど知りようもないのだが、自分たちの利益になることを相手に施すことが、こうした場合の彼らのやり方だった。
彼らは同胞(はらから)を呼び戻すとともに、彼らが良いと思うことをすることにした。
多次元に生きる彼らにとって、距離はさほど問題ではない。
地の果てまで続く大きな紙の上に住む二次元生物がその裏側にいる仲間に会うためには、地平線の向こうまで行って紙の端っこから裏側へまわって行く必要があるが、三次元生物なら紙を裏返しにすれば済むのと同じように、居場所さえわかれば遠くの星にいる仲間を呼び寄せるのは造作もないことだった。


猫は、いきものとつながる無意識の大陸に変化が訪れたことを知った。
そのとき猫を襲ったのは、ちょっとした真っ暗な深淵を覗き込んでいるような、何とも言えない不安定な感覚だった。
怖いような、不安なような、大いなる暗闇に包まれているような畏怖と安心感が猫を満たす。何か別の世界に通じるチャンネルが開いたような感覚を、猫は味わっていた。
それほどまで強くはないものの、少年もまた、同じような、広大な暗闇を覗き込むような感覚を感じていた。怖くもあったが、安らかでもあった。
自分がしたことは、少なくともこのいきものにとって悪いことではなかったようだ。そう信じてはいたけれども、実際そうとわかって少年は安心した。
 
そのとき妹が言った。
「いいこと思いついた」


ひとしきり降った雨が小降りになったころ、大人たちが山頂へ集まってきた。そしてその事実に気づいたとき、皆が息をのんだ。

「え!?いなくなってる・・・」

狭い室内のどこを探しても、あのゼリー状の物体の姿は見当たらない。
それは、どう転んだとしてもやっかい払いができたと喜べるようなことではなく、さまざまな面倒がこれから出来するであろうことを意味していた。

「やばい、よな?」

ひとと接触する危険、何らかの汚染が広がる危険、逆にあの物体の方が危害を加えられるか生命の危機に瀕する恐れ、考えればいくらでも良くない想像ができた。もし雨に濡れて溶けてしまったりしていたら、あとから迎えに来た仲間のエイリアンに対してどう申し開きをすればいいのだろうか?
そのとき、ひとりが地面を指さした。

「これ、あいつが這ったあとじゃないか?」

見れば、雨に濡れた草が何かにつぶされたように見える部分が、一定の幅で続いている。
その方角は、山の中腹にある貯水池を指していた。

「池の方に向かったのかな?」

何はともあれ、大人たちは、だれからともなくつぶれた草のあとを追って歩き始めた。

「水が欲しいならさ、ここが一番手っ取り早くない?」

いきものと少年と妹、そして猫やいくらかの動物たち一行の前には、町の貯水池が広がっていた。最初、重量感がある上に柔らかく、押すのに苦労したいきものは、雨を含んで元気が出たのか、自ら身体を規則正しく変形させ、まるでキャタピラのように回転しながらここまでやってきた。そして促すような猫のしぐさに応えるように、そのまま池の中へと入っていった。
透明な水中で、その身体は水と同化するように透明感が増し、発光する部分がなければどこにいるのかわからない。それは水族館の水槽の中で目にするライトアップされたクラゲを思わせた。水との境界線はあいまいだったが、どうやらそれは水面の少し下あたりにぷかぷか浮いているようだ。
その姿は、都市伝説に聞く空飛ぶ円盤のように見えなくもなかった。

「飛んでるみたい」

重力から解き放たれたその身体は、水面に沿って薄く伸びるように広がっていく。
そのとき、水面に丸い渦巻のようなものが現れたかと思うと、見る見るうちに直径5mほどにまで大きくなった。下に排水口が突然できたかのように出現した渦巻は、しかし水が流れ込んでいるようには見えなかった。したがって正確には渦巻ではなく、正円である。その周縁は滑らかなガラスのように丸まり、円の中心部は暗黒という表現がしっくりくるような暗闇だった。

猫はそのとき、あのいきものがもうこの場にはいなくなったことを感じていた。
そこはかとない寂寥感のようなものを、猫を含むその場の動物たちは共有したに違いない。そしてそれは、少年とて同じことであった。
なおも消えることなく目の前に広がる黒い穴に、吸い込まれるように少年は水の中へ一歩足を踏み入れた。

「お兄ちゃん、どこ行くの⁉」

一度少年は妹を振り返り、猫を見た。
猫はもう少年とはこの先会えないことを悟ったように、にゃおんとひと声鳴いた。

「ダメよ、お兄ちゃん、なにやってるの、危ないよ、戻ってよ」

少年はもう黒い穴の1mほど手前まで近づいていた。

意識の底の方で、なにかが彼に関心を示していた。そして彼もその存在に関心を持った。穴の中の暗闇が、いつもの夜よりも親密なものに見えた。
妹があとを追って池に入ろうとするのを手で制し、少年が一歩踏み出した瞬間、黒い穴も少年の姿もなくなっていた。

 ちょうどそこへ大人たちがやってきた。

「おい、誰かいるぞ!」
「きみ、大丈夫か?」

声をかけられた妹は、振り返った瞬間、いま見たものが何だったのか、説明できなくなっていた。何か親密な存在が消えてしまったような気がしたが、それはいったい何だったか。あのいきものの形状は記憶にあったが、どこへ行ったのかは定かじゃなかった。

「変ないきものを見なかったか?」
「見ました。見たんですけど…」
「どこへ行った?」
「わかりません。あれを追いかけてきたはずなんだけど」

そこいらじゅうを大人たちは探し回っていた。草むらをかき分け、のちには人を増やして池をさらっても、あのいきものはもはやどこにも見当たらなかった.

猫は少年の存在を、意識のどこかで感じていた。何にもコミュニケーションは取れないけれども、意識の地続きのどこかに存在していることはわかり、それだけで満足だった。
それを妹に伝えるように足に顔をこすりつけたが、彼女は軽く頭を撫でただけだった。


数ヶ月が過ぎ、ひとびとが探すのをあきらめ、全てを夢であったかのように思い始めていたちょうどそのころ、町の上空に球体が出現した。
光り輝くその球体は、直視することができないほどの光を放ちながら宙に浮いていた。さんさんと降り注ぐ光からは熱まで感じられた。

だれかが言った。
「太陽みたいだ」

内燃機関を備え、自ら発光するその物体は、まさに超小型の太陽だった。
上手にコントロールできれば、新たなエネルギー源として、人類を支えてくれるまたとない深宇宙からの贈り物。

しかし、人類に太陽をコントロールする術はまだなかった。


数百年後、ひとが住めなくなった地球に、二本足で歩くいきものが降り立った。小さな太陽はまだその頭上で輝いていた。
そのいきものにはしっぽが生えていた。


#創作大賞2025  


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