「この道なら安心」と思っていたのは、私のほうだった
おととい、株式会社Connecting Pointさん主催のイベントに参加するため、株式会社タイミーさんの東京本社にお邪魔しました。
Connecting Pointさんは、「障害がキャリアを積む上で“障害”にならない社会」を目指して活動されている会社です。
今回のイベントでは、タイミーさんが進めている、スポットワークを障害者雇用の新しい入口にしていく取り組みについても伺いました。
長時間・固定勤務を前提にするのではなく、短い時間の仕事を通じて、本人が職場とつながる機会を作っていく。
その経験が、本人にとっても企業にとっても、次の一歩につながる可能性があるのだと感じました。
私自身も以前から、協会の講座で「超短時間雇用」について取り上げてきました。
障害のある人の働き方を考えるとき、週に何日、何時間働けるかという枠だけではなく、その人に合った関わり方や役割をどう作るかは、とても大きなテーマです。
前回の記事では、私がなぜ「親なきあと」について発信しているのかを書きました。
今回は、障害のある子のライフプランを考えるうえで大きな節目となる「就労」について、息子の体験を通して書いてみたいと思います。
就労は、親にとっても大きな出来事です。
けれど、親が思い描く安心と、本人にとっての安心は、必ずしも同じではありませんでした。
タイミーさんのイベントで考えた、障害者雇用の新しい入口
障害のある人の就労というと、これまではどうしても「週に何日働けるか」「何時間働けるか」「どの事業所につながるか」という話になりやすかったように思います。
もちろん、その整理は必要です。本人の体力や特性、通勤、支援体制を考えずに働き始めることはできません。
ただ、最初から長時間働くことや、決まった枠に本人を合わせることだけを考えると、働く前から選択肢が狭くなってしまうことがあります。
短い時間でも、その人に合った仕事があります。
そこでまずは職場とつながってみる。その中で、本人も企業もお互いを知っていく。
今回のイベントで伺った取り組みは、「働く」という言葉の幅を少し広げてくれるものだと感じました。
親なきあとを考えるとき、就労は単に収入を得る手段というだけではありません。
本人が社会とつながることや役割を持つこと、生活のリズムができることなど、その人に合った形で関われる場所があることは、お金だけでは測れない大きな意味があります。
高等養護学校を卒業すれば、道が見えると思っていた
息子が高等養護学校に通っていた頃、私は卒業後の進路について、どこかで「学校を出れば道が見えてくる」と思っていました。
当時はPTA役員もしていたので、会社見学を企画したこともあります。
いろいろな企業を見せていただきながら、「こんな職場なら安心だな」「こういう環境なら息子も働けるかもしれない」と、親なりに期待していました。
今思うと、かなり親の目線で見ていたと思います。
会社が安定していること、周囲の理解がありそうなこと、仕事の内容がはっきりしていること、そして、通いやすいこと。
親としては、どうしてもそういう条件を見ます。障害のある子の就労を考えるとき、環境が合うかどうかは確かに大きいからです。
でも、その時の私は、本人がその仕事をどう感じるかよりも、「ここなら安心できる」という自分の気持ちを優先していたのかもしれません。
親のほうが本気になっていた就労活動
就労に向けた動きが始まると、むしろ私のほうが本気でした。
息子に合う場所はないか、理解のある会社はないか、少しでも長く続けられる仕事はないか。そのようなところを親として、探したくなるのは当然です。
将来のことを考えれば考えるほど、「どこかに落ち着いてほしい」と思います。
働く場所が決まれば少し安心できるし、生活のリズムができれば、将来の見通しも立ちます。
けれど、就労は親が安心するためにするものではありません。
実際にその場に行き、仕事をし、人と関わり、疲れて帰ってくるのは本人です。
この当たり前のことを、当時の私は頭ではわかっていたつもりでしたが、自分の子どものことになると、なかなか冷静には見られませんでした。
「お掃除が苦手だから、やりたくない」と言った息子
ありがたいご縁で、保険会社の関連企業の研修施設で、清掃やベッドメイキングの仕事を用意していただきました。
安定した会社で、周囲の理解もありそうで、仕事の内容もはっきりしている。
私の中では、「ここで働けたら安心だ」という気持ちがありました。
けれど、息子の返事は違いました。
「お掃除が苦手だから、やりたくない」
その一言を聞いたとき、正直かなりショックを受けました。
せっかく用意していただいたのに、どうして断るのだろうか?この先どうするのか?
でも、今振り返ると、息子にとってはとても自然な返事だったのかもしれません。
親は「安定している」「理解がありそう」「就労先として安心」と考えますが、本人にとっては、毎日その仕事をすることになるわけなので、苦手なことを仕事にするのは、やはりしんどい。
親が見ていたのは、働く場所の安心でしたが、息子が見ていたのは、自分がその仕事を続けられるかどうかだったということです。
親の安心と、本人の安心は同じではない
障害のある子の就労を考えるとき、親はどうしても「安心できる場所」を探します。それは悪いことではありませんし、むしろ親としては自然な気持ちです。
ただ、その安心が本人にとっての安心と重なっているかどうかは、丁寧に見ていく必要があります。
親にとっては、安定した会社であることが安心ですが、本人にとっては、仕事内容が合うかどうかの方が大きいのです。
また親にとっては、通いやすい場所が安心ですが、本人にとっては、人との関わり方や、音や匂い、作業の流れの方が負担になるかもしれません。
親にとっては、「ここなら続けられそう」と見える場所でも、本人にとっては「毎日ここに行くのはつらい」と感じることもあります。
これは就労だけの話ではありません。
住まいも、お金の管理も、見守りも、親なきあとの準備も同じです。
親が「これなら安心」と思う選択が、本人の暮らしに合っているとは限らない。
そこを見落とすと、準備をしているつもりでも、どこかで本人の気持ちや生活から離れてしまうことがあります。
ライフプランというと、お金の計画を思い浮かべる方も多いと思います。
もちろん、お金は大切です。
障害年金、工賃、親が残すお金、保険、相続。考えておくことはたくさんあります。
でも、障害のある子のライフプランは、お金の表(キャッシュフロー)だけでは作れません。
どこで暮らすのか、誰と関わるのか、どんな日中活動や就労が合うのか、何が苦手で、何なら続けられるのか。
本人にとって心地よい暮らしを見ないままお金だけを整えても、暮らしにはつながりません。
就労の場面で私が感じた「親の安心と本人の安心は違う」ということは、その後、「親なきあと」を考えるうえでもずっと残っています。
親は、子どものために準備をします。けれど、その準備が親の不安を消すためだけのものになっていないか?本人の暮らしに合っているか?
これは、何度でも立ち止まって考えたいことです。
今回のイベントで、改めて障害のある人の働き方について考えました。
長い時間働くことだけが就労ではありませんし、すべての人が同じ形で働かなければいけないわけでもありません。
生活介護や地域活動、ボランティア、家庭での役割の方が合う人もいます。
大切なのは、「この形が正解」と決めつけないこと。
親が安心できる形を探すだけではなく、本人が無理なく続けられる形を一緒に考えること。
これからも、親としての経験と、相談の現場で感じてきたことを通して、障害のある子のライフプランについて書いていきたいと思います。
私が代表を務める「一般社団法人障害のある子のライフプランサポート協会」のホームページでも、親なきあとやライフプランについて情報をまとめています。
必要な方に届けばうれしいです。
