名前を失った星 #3つのお題に空想のひらめきを
約1300字・ショートショート
僕の仕事は「星名修復士」だ。
昔、ある会社が「星に好きな名前をつけられる権利」を売り出した。
世界中の人が、自分や大切な人の名前を星につけて喜んだ。
けれど、その会社が倒産すると、名前をつけられた星たちは、その「名前」の重みに耐えきれなくなり、光を消して、夜空から隠れてしまった。
僕の仕事は、そんな星たちから勝手につけられた名前を消して回る、いわば掃除屋だ。
事務所のボロいソファで休んでいると、助手のミチルが古い名簿を見せてきた。
「一ノ瀬さん、まだあの星のことを待ってるみたいよ」
僕は古いパソコンでデータを調べた。
カシオペア座のすぐ横にあるはずの星の場所には、ぽっかりと空いた真っ黒な穴が映し出されていた。
一ノ瀬サキさんは、古いアパートで一人で暮らしていた。
彼女は十五年前に死んでしまった愛犬の「コロ」の名前を、その星につけていた。
「修復士さん、あそこにコロがいるんです。前はあんなにキラキラ笑っていたのに」
サキさんが差し出してくれた紅茶の湯気の向こうで、彼女の目は悲しそうに揺れていた。
「サキさん。あの星は今、名前という首輪をつけられている状態なんです」
僕はできるだけ優しく話しかけた。
「サキさんがコロを大切に思えば思うほど、その名前は重くなり身動きがとれなくなる。コロは今、暗闇の中でじっと息をひそめているんですよ」
「……私が、忘れればいいの?」
「いいえ。僕が今から、その名前を消します。そうすれば星は自由になれる。でも……」
僕は少し言いにくいことをつけ加えた。
「名前を消せば、もう二度と『コロ』としては輝きません。ただの、名前のない遠い星に戻ってしまうんです」
サキさんは窓の外の暗闇をじっと見つめた。
そこには、かつて散歩道を楽しそうに走っていた、茶色い毛並みの小さな命の記憶がある。
「……あの子、狭いケージに入れられるのが、何より嫌いな子だったんです」
サキさんが、少しだけ笑った。その笑顔が、なんだかとても切なかった。
「もう、いいわ。あの子を自由にしてあげてください」
僕はパソコンのキーを叩いた。
『名前をすべて消去 ―― 実行』
次の瞬間、カシオペア座のすぐ横で、光がパチンとはじけた。
それは、ずっと止めていた息を思いきり吐き出すような、まぶしい光。
コロという名前のペットではなく、何億キロも先で激しく燃え上がる、宇宙そのもののエネルギーの輝きだった。
「……ああ、走っていったわ」
サキさんが、まぶしそうに目を細めて笑った。
その視線の先では、かつて犬の名前で呼ばれていた光が、他のたくさんの星たちの中に混ざり合っていった。もう、どの星が自分の犬だったかを見つけることはできない。
けれど彼女の顔は、星に名前をつけていたときよりも、ずっと明るく晴れやかだった。
事務所への帰り道、僕は夜空を見上げた。
人間が勝手につけた名前が一つずつ消えて、宇宙は元の姿に戻っていく。
僕はポケットから自分の名刺を取り出し、星名修復士という文字を指でなぞる。
この仕事が全部終わったとき、僕もただの「空を見上げるのが好きな人」に戻れるのかもしれない。
見上げた夜空は、さっきよりも少しだけ、本来の輝きを取り戻したように見えた。

