「やるなら今だよ」 #せりふ三題噺
約700字・ショートショート
「殺るなら今だよ」
そんな声が聞こえた気がした。
その言葉は、俺たちをがんじがらめに縛りつけてきた上層部からの『排除命令』だった。
テーブルに置いたアイスコーヒーが、結露で机をじっとりと濡らしている。
窓の外では、葉桜が「逃げちゃえ」と背中を押すように、ひらひらと花びらを散らしていた。
ソファで昼寝しているのは、俺の相棒だ。
こいつは、組織がひた隠しにしているデータを握っている。
それを公表すれば、組織は崩壊する。だから奴らは、事故に見せかけて彼女を消せと俺に命じてきた。
……ったく。冗談じゃない。
俺はもう何年も隣で、正義感が空回りしている彼女の横顔を見守ってきた。
もし、ここで組織の言う通りにしたら、俺の命は約束される。それが正解なのは分かってる。
眠っている時のこいつは、すごく無防備だった。長いまつ毛を少し震わせながら、幸せそうな寝息を立てている。
外の世界では組織という怪物が牙を剥いているのに、この部屋だけは、彼女の寝息で守られているみたいだった。
「なんか腹立つな」
そんなに無防備な顔、他の奴には見せんじゃねぇぞ。
心は決まった。
いや、最初から決まっていた。
組織の操り人形になるくらいなら、とびきり馬鹿な道を行ってやる。
端末の電源を切る。画面が真っ暗になり、そこに映ったのは、決意を固めた自分の顔だった。
「殺る」べきは、彼女じゃない。俺たちを縛りつけてきた、腐りきった組織という名の亡霊だ。
窓から差し込む光が、彼女の茶色い髪をきらきらと染めていた。
アイスコーヒーを飲み干す。氷の音が新しい季節の始まりを告げた気がした。
ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろし、そっと肩を揺らした。
「……おい、起きろ」
彼女が寝ぼけた目で俺を見る。
その瞳に映る俺は、きっとどこまでも優しくて、どこまでもバカな相棒のはずだ。

