桜編み機
約800字・ショートショート
トントン、カラリン。
天国のすみっこ。しんと静まりかえって、透き通った光だけが満ちている部屋で、僕は今日も『桜編み機』の前に座っている。
ここには、時間は流れていない。
けれど、地上をのぞき見るレンズの中に君を見つけた時だけ、僕の心臓があった場所が、きゅっ、と熱くなる。
レンズの向こうで、君は一人、冷めてしまったコーヒーを飲んでいた。
二人の時はあんなにいい香りがしていたのに、今の君のまわりには、寂しい匂いしかしない。
僕がいなくなってから、君の指先はいつも少しだけ震えている。その震えを、今すぐ止めてあげたい。
僕は編み機の入り口に、行き場のない想いをそっと吹き込んだ。
「泣かないで。僕はここにいるよ」
僕の吐息を吸い込んで、機械が銀色の歯車を回しはじめる。
カタ、コト。
できあがったのは、どんなリボンよりもなめらかで、柔らかな一枚の桜の花びら。
それは、僕の「大好きだよ」という気持ちを、桃色の糸でぎゅっと閉じ込めた宝物だ。
僕はその花びらを、地上へ続く空のすきまに向かって、指先でピンッとはじいた。
地上では、君がちょうど窓を開けたところだった。
そこへ、僕が贈った一枚が、迷子のようにはらりと舞い降りる。
君の指先に触れた瞬間、花びらがポッと淡く光った。お日様のような温かさが、君に伝わったのがわかる。
君は驚いて目を見開いた。それから、本当に久しぶりに、小さく笑った。
「……あったかい」
君の唇がそう動くのを見て、僕も誇らしい気持ちで胸がいっぱいになった。
ふとまわりを見渡せば、空は僕と同じような「贈り主」たちが飛ばした、数えきれないほどの桜の花びらで溢れている。
大好きだった人へ。
残してきた子供へ。
伝えそびれた親友へ。
空から降るこの桜吹雪は、地上で立ち止まっている人たちの背中を、「大丈夫だよ」と優しく押してあげるための指先なんだ。
君がまた、心から笑える日が来ますように。
僕は何度でも、この優しい色を編み続けよう。

