消えない手紙 #3つのお題に空想のひらめきを
約800字・ショートショート
冬の朝、僕の部屋の窓ガラスには決まって「消えない手紙」が現れる。
カーテンを開けると、そこには白く凍りついた氷の結晶が、細いペンで書いたような文字を描いている。
それは、ただの結露じゃない。指で力いっぱいこすっても、熱いお湯をかけても、外から拭いても、絶対に消すことができない。
それは亡くなった恋人、結衣からの、僕へのメッセージだった。
『今日は少し暖かいよ。青いマフラーをして行ってね』
『昨日のコーヒー、苦そうだったね。次はもう少し砂糖を入れたら?』
結衣が亡くなってから、冬が来るたびにこの不思議な現象は始まった。
科学では説明がつかないけれど、僕にはわかる。これは彼女の字だ。太陽が昇っても溶けず、夜になれば月の光を浴びて、青白く、まるで宝石のように光る。
「それはお前の思い込みだよ。もう結衣のことは忘れて、新しい恋を探せよ」
友達はみんな、心配してそう言ってくれる。
けれど、毎朝窓に浮かぶ彼女の優しい言葉を見つけるたびに、僕は彼女がまだすぐそばにいるような気がして、動けなくなってしまう。
僕だけ、あの日から時間が止まったままなんだ。
冬の終わりが近づいた、ある朝のこと。
窓には、いつもよりたくさんの言葉が並んでいた。
『もう、冬はおしまい。次の季節には、私のいない景色も好きになってね』
その文字を読み終えた瞬間だった。
「パキッ」と、小さな氷が割れる音が静かな部屋に響いた。
あんなに頑固に窓に張り付いていた氷の文字が、差し込んできた春の光に溶けて、さらさらと崩れ落ちていく。
消そうとしても消えなかった彼女の言葉は、ガラスを伝う一筋のしずくになって、僕の頬をゆっくりと濡らした。
窓の外には、僕がずっと見ないようにしていた、眩しい春の世界が広がっていた。
冷たかった指先に、どこからか花の匂いを含んだ風が、ふわりと触れた。

