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与太郎の図書館 #3つのお題に空想のひらめきを

約2000字・短編小説・人間ドラマ


与太郎は町一番の阿呆と評判だ。

今日もまた、大家に家賃を催促されては、しょんぼりと肩を落として屋根裏に戻ってきた。

薄暗い階段をきしませて上ると、カビと埃が入り混じった古書の匂いが鼻をつく。

しかし与太郎にとって、そこは図書館という名の特別な場所だった。

いつの間にか増えていった、誰が置いていったかもわからない本が、床から天井まで不規則な山を築いている。

ある日、借りた本を返すのを忘れた八五郎が、恐る恐るやってきた。

「与太郎、忘れてたよ。いや、それどころか、すまないねぇ。この本、うちの犬が噛んじまってね」

八五郎が差し出したのは、無残にも端を食いちぎられた、ボロボロの本だ。

与太郎は、その本をまじまじと見つめ、大きく笑った。

「大丈夫ですよ。僕の図書館の本は、みんなボロボロですから」

彼の声は底抜けに明るかった。

与太郎にとって、本はただ読めればいい。

表紙が破れていようと、ページが折れていようと、物語はそこにあるのだから。

八五郎は与太郎の曇り一つない笑顔に、胸を打たれた。

恥じ入るように頭を掻くと、謝礼として、真新しい装丁の立派な本を一冊置いていった。

与太郎はその光沢のある本を、ボロボロの本の山の一角に、そっと加えた。

次の日、与太郎の図書館にまた別の人が現れた。

借りた本を雨で濡らしてしまったという。

与太郎は、例によって「大丈夫ですよ」と笑い、濡れて波打つページを優しく撫でた。

するとその人は感謝の印として、故郷の民話が書かれた珍しい本を置いていった。

「与太郎の図書館は、ボロボロで返しても大丈夫なんだってさ」

いつしか町に奇妙な噂となって広まっていった。

すると町のあちこちから、埃をかぶった本、破れた本、シミだらけの本が、次々と与太郎の屋根裏に運ばれてくるようになった。

そして本を借りた人は返す時に新しい本を一冊ずつ置いていくのだった。

与太郎の図書館は、みるみるうちに、真新しい本や珍しい物語でいっぱいになっていった。

大家は、屋根裏から漏れる明かりを見て、首を傾げた。

「与太郎、お前、どうやってこんなにたくさんの本を集めたんだ?」

大家の言葉に、与太郎はきょとんとして首を傾げた。

「僕が何にもしてないのに、勝手に集まってきたんです」

大家はその言葉を聞いて、深い溜息をついた。

与太郎の言葉は嘘でもなければ、ましてや自慢でもなかった。

そんなある日のこと。

与太郎は自分が一番大切にしていた絵本を探していた。

それは、幼い頃に母が読んでくれた、表紙が擦り切れ、ページが何度も貼り直されたボロボロの本だった。

ところが、その本はどこを探しても見つからなかった。

​「与太郎さん、どうしたの?」

​屋根裏の入り口から、小さな女の子が顔を覗かせた。

彼女はいつも同じ本を借りていく。

ボロボロの古い本を。

数日前に貸した本は以前よりもページの端が黒ずんで、さらにボロボロになっていた。

​「僕の大事の本がなくなっちゃったんだ」

​与太郎は悲しそうに言った。

「こんなことになるなら、図書館なんてやらなきゃよかった」

それを聞いて女の子は悲しげに目を伏せた。

​「図書館がなくなるのは嫌」

「でも……」

「ねぇ、私の持っている本、すごく汚れているでしょ」

​女の子は震える手で、大切そうに本を抱きしめた。

​「うん」

​「これはね、お母さんがつけてくれた汚れなの。お母さんはもういないけど、この本を撫でると、お母さんの手のひらのぬくもりを思い出せるの」

​与太郎は、目を見開いた。

ボロボロの表紙、折れたページ、波打つシミ。

それらは、ただの傷ではなかった。

誰かの手に何度も触れられ、誰かの涙が染み込み、誰かの思い出が焼き付けられた、生きた証だったのだ。

​彼は自分が失くした絵本を思い出した。

自分の手垢や、母がつけてくれた汚れ。

それは、二度と戻らない大切な時間そのものだった。

​「そっか。ボロボロの本には、たくさんの思いが詰まってるんだね」

​彼は顔を上げて、女の子を見た。

彼女の瞳には、与太郎と同じ寂しさと、それでも本を愛する温かな光が宿っていた。

​与太郎は、溢れんばかりの本の山の中から、一番汚れた本をそっと手に取った。

カビと埃の匂いがした。それは、忘れかけていた懐かしい匂いだった。


​与太郎は図書館を続けることにした。

​本棚には真新しい本と一緒に、ボロボロの本が並べてある。

雨に濡れて波打ったページ、食べ物のシミ、鉛筆で引かれた線。

与太郎はそれら一つひとつを、まるで宝石でも扱うかのように優しく撫でた。


​今日もまた、町の人が泥まみれになった本を返しにきた。

​「これ、うちの子が……」

​申し訳なさそうに差し出すその本を、与太郎は両手で優しく受け取った。

彼の掌には、本のぬくもりと、そこから伝わる人々の温かな心がじんわりと広がっていた。

​与太郎は満開の笑顔で言った。

​「大丈夫ですよ。僕の図書館は、ボロボロの本が大好きなんです」


おしまい

うごけにゃい…

 #3つのお題に空想のひらめきを 【第15回】
テーマ:屋根裏の小さな図書館


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