「好き」と言葉にするよりも #虹色創作部
約1800字・短編小説・ラブストーリー
パチパチと薪が、まるで小さな生命を燃やし尽くすように弾ける。
その赤く揺らめく光だけが、夜の帳から私たち二人の世界を切り取っていた。焚き火の熱が頬を温める一方で、背後には深まる秋の冷たい夜の空気が肌を突き刺す。
「やっぱり、焚き火の音っていいよねぇ」
「そうだな」
「うん。いい匂いがしてきた」
「そろそろひっくり返すか?」
「任せる。タケルの焼き芋はいつも最高だから。その腕を信じてるから好きにやってちょうだい」
タケルは喉の奥で低く、くぐもった笑いを漏らし、火の中のアルミホイルをクルリとひっくり返す。
この優しい笑顔が好きだなぁ。
そばにいたいと、少しだけ思ってしまう。
「これがタケルが焼いてくれる最後の焼き芋かなぁ」
少しだけ間を開けて、タケルゆっくりと答えた。
「帰ってくれば、いつでも焼いてやるよ」
タケルは私専用の安全な灯台だ。
私が東京という大海原に出ても、いつだって温かい光で「おかえり」と言ってくれる、心の拠り所。
だからこそ、私はその光を手放すのが怖かった。
「タケルも東京に出ればよかったのに」
タケルの表情はいつも変わらない。火に照らされて、その輪郭は少しぼやけて見えた。
「俺がこの町にいなかったら、カエデが疲れて帰ってきた時に『おかえり』って言っくれる奴がいなくなるだろ」
私は焚き火の光に目を細め、「確かに」と小さく笑った。その声が、炎の揺らめきのように細かく震えるのを感じた。
「そういうとこ、ずるいよね」
彼は何も言い返さない。家業を継ぐと決めた彼を責めるつもりはないのだけど。
やがてタケルは熱い灰の中から、焼き芋を掘り出した。
熱々のアルミホイルを上手に剥がすと、ふわりと焼き焦げた甘い蜜の香りが漂ってきた。
「お、ホクホクだ。熱いから気をつけろ」
渡された焼き芋を「あっつ!」と声を上げつつ、小さくちぎって口に運んだ。
舌の上で濃厚な甘味がとろけた。
「甘すぎ。これハチミツ入ってる?」
「そんなわけあるか」
「凄いよ。美味しすぎる。焼き芋屋さんに転職したほうがいいよ。この腕を眠らせるのはもったいない」
「やだよ」
「一緒に屋台引こうよ。この焼き芋で世界中を幸せにしよう!」
「焼き芋屋さんやったら、カエデも一緒にやってくれるの?」
「やるやる。バイト代は焼き芋でいい」
「マジかよ」
タケルはクスクスと笑い、それから小さくため息をついて、静かに私を見つめた。
その瞳に、笑いはもうなかった。
「でも、仕事は辞めないんだろ?」
少しだけ考えて、私は焚き火の熱に溶けるように「うん」と小さく頷く。
夢を諦めるのは、まだ、早い。
「だから、焼き芋屋さんを一緒にやるのは、ちょっと待って」
「待て。俺は焼き芋屋さんをやるとは一言も言ってない」
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「残念」
「なぁ、カエデ」
「なに?」
タケルは一度、夜空を見上げ、深く息を吸い込んだ。
「お前が『東京に行きたい』って言ったとき、俺がなんて言ったか覚えてるか?」
「……行ってこい」
「そう。行ってこいだ。頑張れとは言わなかった。言えなかった。お前に側にいてほしかったから」
タケルが私への気持ちを初めてはっきりと口に出した。
「でも今は違う。カエデが夢を叶えたらいいなって思ってる。だから頑張れ」
焚き火の炎が、目にしみた。
それは私を元気づける彼なりのエールなんだけど、なんだか、「さよなら」と言われている気がして少し寂しかった。
思わず涙ぐんでしまった私はスンと鼻を鳴らした。
小さく「うん」と頷く。
彼の気持ちが、焼き芋の甘さよりもずっと、心に染みた。
ここに帰ってくればタケルがいてくれる。
その思いが私の「挑戦する気持ち」を削ぐことになるかもしれないと、彼は考えているのだろう。
でもね、タケル。
私はあなたがここにいてくれることが最強のエネルギーになってるんだよ。
「私が一人前になったら、さ」
「ん?」
「タケルを迎えに来る。だから待ってて」
タケルが嬉しそうに顔を綻ばせた。
「あれ? 俺、田舎の幼馴染ヒロインみたいになってないか?」
「気づいた?」
「おい、やめろ」
私たちは、お互いの気持ちに気づきながら、はっきりと「好き」とは言葉にしなかった。
この感情が、永遠に続く保証はどこにもなくて。
でも、今の私たちには、不安な未来を永遠という言葉で縛りつけることもできなくて。
ただ、焼き芋は甘くてホクホクで。
いっぱいの幸せが詰まっていた。

