go gets foot care♪(5月2日)
約1200字・ショートショート
線路沿いのビルの二階。
小さなフットケア・サロンの空気は、湿ったハーブの香りと、時折通過する電車の微振動に満たされていた。
マッサージ・ベッドに横たわる僕の足を、彼女の温かな両手がそっと包み込む。
その瞬間、僕の足裏は主人の理性を裏切り、勝手な旋律を刻み始めた。
これが僕の特異体質。
僕の嘘も、隠しごとも、すべては皮膚を震わせる音となって彼女に暴かれてしまう。
「今日は一段と、賑やかなお喋りですね」
彼女がいたずらっぽく微笑み、指の腹で土踏まずを深く突き上げた。
刹那、僕の右足から爆発的なフォルテシモが鳴り響いた。
それは、言い逃れのできない告白だった。
「大好きだ」という気持ちが火花となって足裏から散る。
僕は今日、このどうしようもない騒音を、ちゃんと言葉にして届けるつもりだった。
施術が終わりに近づくにつれ、彼女の指の滑らかな動きに導かれ、荒れ狂う心音は穏やかなアダージョへと整えられていく。
せめて、想いを告げる瞬間だけは、静かなバラードでありたかった。
しかし、僕が震える唇を開こうとしたその時――。
彼女が不意にパンプスを脱ぎ捨て、冷たいフローリングに裸足で降り立った。
一歩。彼女が踏み出す。
ポロンと、ひび割れた鍵盤を叩くような、絶望的に悲しいピアノの音が零れた。
「……あ」
僕は息を呑んだ。
彼女もまた、僕と同じ特異体質だったのだ。
「ごめんなさい。……思い出しちゃった」
彼女が歩くたび、足元からは嗚咽のような、重苦しい低音が立ち上がった。
「君の指は世界で一番優しいって、あの人が言ってくれたんです。……少し前に、別れた彼が」
用意していた愛の言葉は、彼女から溢れ出す圧倒的な喪失の旋律に飲み込まれ、霧散した。
サロンに流れる沈黙。
僕は隣でうつむく彼女の横顔をじっと見つめる。その長い睫毛の先に、小さな涙の粒が光っていた。
僕はベッドからゆっくりと身を起こした。
「その音……僕に預けてくれませんか」
彼女が驚いたように顔を上げた。
僕は彼女の冷え切った指先に、自分の手を重ねた。
その瞬間、僕の足裏が光の音を放った。
それは彼女の悲しみを否定するのではなく、その重いリズムを優しく抱きしめるような、即興のジャズ・セッション。
僕が刻む四分音符のビートが、彼女の沈み込むような低音の隙間に、滑り込むように混ざり合う。
彼女の奏でる深いブルーの旋律を、僕のピンクの和音が包み込み、ゆっくりとスウィングさせ始める。
音と音が、お互いの呼吸を確かめ合うように重なる。
次第に、彼女の足元から響いていた嗚咽は、僕のリズムに導かれて、微かな、けれど確かな希望を宿したスタッカートへと変容していく。
過去に縛られていた重い調べが、僕の「今」という一拍に背中を押され、未来へと一歩を踏み出す。
彼女の瞳から涙がこぼれ、同時に、小さな笑みが零れた。
奏でるメロディは、いつのまにか軽やかなスウィングへと変わっていた。
「……ありがとう」
それは、言葉を超えた場所で結ばれた、世界で一番優しいラブソングだった。

絵本作ってます。
