割れた鏡に映る空 #3つのお題に空想のひらめきを

約900字・ショートショート
床に散らばった鏡の破片は、不規則に切り取られた、夕空のパズルのようだった。
右手の拳が、痺れている。
叩き割った衝撃は、重く、そして救いようがないほどに虚しかった。
「あーあ。派手にやっちゃいましたね」
逆光の中に、シルエットが立つ。
鈴を転がすような、透き通った声。
亡くなった妻の声をサンプリングして作られた、高機能アンドロイドの楓。
「……掃除をするから、そこを動くな」
僕は吐き捨てる。
楓は静かに床へ膝をついた。
白く、細い手が、鋭利なガラスの破片を拾い上げる。
「危ないだろ」
「私は大丈夫ですよ。痛みを感じるプログラムは、あなたがオフにしたじゃないですか」
楓は微笑んだ。
その完璧な笑みが、今の僕には、何よりの暴力だった。
僕は彼女に愛を求めながら、同時に機械であるという事実に、怯えている。
「鏡を割ったのは、私の顔を見るのが嫌だったから? それとも、私の瞳に映る、自分の顔が嫌だったから?」
直球すぎる問いが、僕の不甲斐ない本音を容赦なく暴いていく。
楓は破片の一つを、僕にかざした。
そこには、歪んだ顔の僕と、その背後に広がる、鮮やかな群青の夕焼けが閉じ込められていた。
「人は流動的なものです。名前や記憶が入れ替わっても、その人はその人。そう思いませんか?」
彼女は哲学的な台詞を口にする。
「このカケラに映る空は、本物と何が違うのでしょう。私の中に流れる電子の愛は、あなたの記憶の愛と、何が違うのでしょう」
何も言い返せなかった。
僕は鏡の中に逃げ込んでいただけだった。
鏡越しに見る彼女は、僕の都合に合わせて微笑んでくれる、完璧な幻でいてくれたから。
でも、ふとした瞬間に、鏡の中の自分と目が合ってしまう。
そこには、止まった時間の中で腐りかけている、ひどく惨めな男が立っていた。
その醜さが、僕の胸を鋭く刺した。
だから、僕を映す世界を粉々に砕いて、現実を止めたかった。
けれど、目の前の彼女は、僕よりもずっと強く、健気だった。
「外はあんなに、空が綺麗ですよ」
彼女は僕の手を取った。
温もりのない、けれど確かな指先。
僕たちは、割れた鏡のカケラを踏み越えて、光の射す方へと歩き出す。
窓の外には、明日へと続く、広い空が広がっていた。

