すすき焼き #虹色創作部
約1200字・ショートショート
料亭『穂波』の当主、高月は、岩のように動かぬ仏頂面で、「すすき焼き」を客の前に置いた。
美食評論家、舌崎鋭一は、銀縁の眼鏡の奥で冷ややかな視線を走らせた。
「ふん。ススキの穂、ですか。時代に迎合した貧相な食材を、さも高級なフリで出すとは。陳腐なパフォーマンスですね」
舌崎の批判的な言葉に、高月は表情一つ変えない。代わりに、卓上の鍋を強火にかけた。
つゆはすぐに泡立ち、砂糖と醤油が焦げる寸前の、甘く香ばしい湯気が一気に立ち昇り、舌崎の鼻腔を容赦なく襲った。
舌崎は渋々、箸を伸ばす。透明な飴色に染まったススキの穂を一口。
口に入れた瞬間、その顔面から血の気が引いた。舌崎は目を見開いたまま、時が止まったように固まっている。
「な、なんだこれは…」
彼の声が震えていた。
「繊維がない! ススキはどこへ行った!? 舌の上に、何も感じない! 噛む感覚すら虚ろだ! まるで、雪の結晶が舌の熱で溶け去るような。メルティーーー!」
高月は静かに腕を組み、冷ややかな視線を送る。
「ええ。私は何年もかけて、穂の最も甘い、中心の一滴だけを抽出する技術を確立しました。究極の『すすき焼き』とは、ススキの存在感を極限まで消し、虚無の食感を創造することだと悟ったからです」
舌崎は恍惚とした表情で、立て続けに穂を口に運んだ。その食べっぷりは、先ほどの傲慢さを完全に失っていた。
鍋が空になると、舌崎は立ち上がり、テーブルに震える両手をついた。
「しかし、高月さん! 認めましょう。食感は奇跡だ。だが、このつゆに溶け込んだ濃密な旨味はなんだ! 濃厚で舌を離さない、この強烈な重み! これがススキの旨味だというなら、私は美食の道を間違えていたことになる!」
高月は、初めて満足げに薄い笑みを浮かべた。その眼光は、何か大きな秘密を暴く前の狩人のようだった。
「ふふふ。よくぞ気がつきましたね」
高月の背後の障子越しに差し込む光が、まるで夕焼けのように赤く燃え盛る。
高月は確信に満ちた声で告げた。
「舌崎さん。これこそが、人々が狂奔して『すすき焼き』を求める理由です! 極限まで甘く煮込み、煮崩れたススキの穂から染み出す旨味は……!」
彼は舌崎の目を見つめ、静かに、だがドラマチックに核心を突いた。
「それは、富める者だけが食せた『牛肉』のそれと、寸分違わぬ旨味なのです!」
舌崎は、その場で膝から崩れ落ちた。
驚愕と感動、そして混乱が入り混じった複雑な表情が刻まれている。
「牛、肉、だとおおお!? まさか、この安価なススキから、あの高級食材の帝王が!? 極上のススキは、牛肉の味すらコピーするのか! デリシャーース!」
高月は自信に満ちた笑みを深めた。
「ええ。極上のススキは本物の牛肉を超える『理想の旨味』となる。間違いありません」
こうして料亭『穂波』の「すすき焼き」は空前のブームを巻き起こした。
今や、富める者たちでさえ、古き良き牛肉を食べるのをやめ、ススキに新しい美食の価値を見出していた。

