桜不武器
約1100字・ショートショート
国境沿いには、見上げるほど高い「ピンク色の壁」がどこまでも続いている。
『桜不武器』。
科学と魔法の力で散ることを忘れさせられた、特別な桜の並木道だ。
一年中ずっと満開のままで、風が吹いても花びら一枚落ちない。まるで時間が凍りついたような、不自然なほどきれいな景色だった。
僕は偵察兵として、この壁を毎日見張っている。
昔、ここは激しい戦争が続く場所だった。けれど、この「散らない桜」が植えられてからは、どちらの軍も引き金を引けなくなった。
美しすぎる桜を前にして、誰も戦う気になれなくなったのだ。
ところが、ある日のこと。
ひらり、と。
僕の肩に、柔らかな何かが触れた。
「……え?」
指に乗ったのは、一枚の花びらだった。絶対に散らないはずの、永遠に枝にくっついているはずの、あの桜の一部。
ふと顔を上げると、数メートル先――国境の向こう側に立つ敵の兵士と目が合った。
彼もまた、手のひらに乗った花びらを見つめて、震えていた。その目にあるのは、怒りではなく「何かが起きる」という恐ろしさだった。
そのとき、ゴゴゴと地面が低く唸り声を上げた。
それは、無理やり止められていた時間の封印が、ついに壊れた音だった。
大きな砂時計の底にたまっていた何十年分もの時間が、一気に溢れ出し、偽物の平和を内側から突き破ったのだ。
「逃げろ」と叫ぶ暇もなかった。
平和とは、ただ時間を止めるだけで守れるような、簡単なものじゃなかったんだ。
僕と彼は、持っていた銃を地面に落とした。
そして、空を埋め尽くすほどの、ものすごい勢いの花吹雪を見上げた。
何十年も「死ぬこと」を我慢させられていた桜たちが、今、命を爆発させるように激しく散っていく。
視界はあっという間にピンクに染まった。
目の前の敵の姿も、守るべき国境の線も、何もかもが見えなくなる。
ただ、怖いくらいにきれいだった。
その美しさの中に、僕たちのこれまでの間違いも、止まっていた未来も、すべてが吸い込まれて消えていく――そう、思った。
やがて。
あれほど猛烈だった花吹雪が収まり、視界が晴れていく。
足元には、役目を終えて茶色く枯れ始めた、膨大な量の花びらの死骸。
そして見上げた先、そこには――。
一本の枝も、一枚の葉もない、ただの黒ずんだ巨大な枯れ木の列が続いていた。
そこにはもう、人の心を奪う「美しさ」なんて、ひとかけらも残っていない。
僕は、足元に落とした銃を、ゆっくりと拾い上げた。
向こう側でも、敵の兵士が同じように銃を構えるのが見えた。
枯れた桜には、もう、戦争を止める力なんてなかった。
僕たちは、止まっていた時間の続きを、また血で書き始めなければならない。
静寂を引き裂くように、どちらかの陣営から、一発の銃声が鳴り響いた。

