記憶を編む織物屋 #3つのお題に空想のひらめきを
約800字・ショートショート
昔、この店は「思い出を織る場所」だった。
初恋の甘いときめき、家族と囲んだ温かな食卓。そんな宝石みたいな記憶を、私は虹色の糸で反物に仕立てていた。
その布は羽のように軽くて、そっと抱きしめると、まるで陽だまりの中にいるみたいに、胸がじんと温かくなった。
けれど、今は違う。
この店は、記憶のゴミ処理場になってしまった。
やってくる客たちは、冷たい札束をテーブルに叩きつけて、自分の罪を消せと命じる。
私は「これも仕事だ」と、心の中で何度も言い聞かせながら、機織り機に向かう。
トントン、トントン。
静かな店内に、機械的な音が響く。
彼らの傲慢な嘘、誰かを傷つけた瞬間の痛み。そんなものが、私の手元で黒く、重い糸へと変わっていく。
ある日のこと。街の有力者が店に現れた。
彼が差し出したのは、一人の無実の人間を破滅させたという、あまりにも凄惨な記憶だった。
私は震える指先で、織り機を動かす。
織り上がるたび、黒い染料が私の指の隙間にこびりつく。
洗面台でいくら洗っても落ちないその汚れは、もう皮膚の一部みたいに黒ずんでいた。
完成した布を彼に渡したとき、指先の震えが止まらなかった。
彼が街へ戻り、潔白な顔で笑う。犠牲になった人の記憶は、もうどこにも残っていない。
その事実に戦慄した。
私は彼から布を織った代金をもらったんじゃない。罪を闇に葬るための共犯者として、報酬を受け取っていたのだ。
私の手は、ただ黒く汚れているだけじゃない。誰かの人生を抹消したという、罪の色に染まっている。
店には、山のように積まれた負の記憶の布があった。
それらは互いに重なり合って、まるで一つの生き物みたいに暗い場所で蠢いている。
もう、店を閉めることもできない。
客たちは、私が手を汚したことを知っている。
この仕事から足を洗うことを、彼らは絶対に許さないだろう。
私は冷え切った機織り機の前に座り、今日もまた、誰かの罪を織り続ける。
指先から広がる黒いシミは、もう手首を越えて、肘のあたりまで達しようとしていた。

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