溶けて消えた大根と #シロクマ文芸部
約1000字・ラブストーリー
鍋の具は、私たちの関係そのものだった。
この部屋に引っ越してきて半年。新鮮な喜びはなく、今では慣れた湯気に隠れてしまった。
今日もまた、二人きりの食卓で鍋を囲んでいる。薄い湯気の向こうで、彼は明るい声を上げた。
「遠慮せずに入れろよ」
遠慮なんてものは彼にだけ許された甘えだ。最初の頃はその彼の無邪気さが可愛いと思えていたのに。
私は黙って大根を崩れないよう丁寧に、出汁の中に沈めた。香りが立つようにほぐしたキノコも添える。
優しく、そっと。私のささやかな配慮の具材。
彼がパックから大量の豚バラ肉を取り出す。躊躇すらない。まるでそれが当然の権利であるかのように、鍋の中央めがけて豪快に投入した。
湯気が一度しぼみ、すぐに脂の匂いと熱を帯びた白い煙となって、慣れきった部屋の天井へと上っていく。
「肉多すぎない?」
「いいんだよ、これで」
彼は楽しそうに笑っている。
湯が沸騰するにつれ、肉はブクブクと膨張し、鍋の表面を完全に覆い尽くす。その下で、私が静かに沈めた大根は、肉の重みに押され、圧力に負けて湯の底へと沈んでいく。
「大根が見えなくなったな」
彼の屈託のない、配慮のない声が響いた。
私はそれに答えず、ただ鍋の縁を見つめる。
肉と脂の膜の下で、大根はゆっくりと煮崩れ、もはや具材としての原型を留めず、ただの出汁となって溶け去り始めていた。
私という存在の静かな譲歩や配慮は、いつも彼の「勢い」や「好み」という名の肉で覆い尽くして、スープに溶かされてしまう。
この半年の生活そのものだった。
彼が箸を伸ばす。探しているのは、煮崩れて行方不明になった大根だろう。
「あれ? どこ行ったかな」
私は顔を上げなかった。彼の無邪気な顔を見るのが苦痛で仕方なかった。
「鍋の中の肉って、いつも最後の一切れまで残るんだよね」
私の声は、ひどく諦めを含んでいた。
彼は私が絞り出した切実なメッセージを、ただの食事の感想として処理した。
「まぁ、確かに。肉は強いからなぁ」
そう言って、彼は再び箸を動かし、鍋の表面で一番大きな豚バラ肉を掴み上げ、満足そうに自分の小皿に入れた。
湯気の中に、彼の満たされた顔がぼんやりと浮かんでいる。
協調性や優しさといった具材が、もう既に煮溶けて、目に見えない出汁になってしまったことに彼は気づいていない。
食べている肉がその出汁の旨みで育っていることに。
彼は最後まで気づいていなかった。

