深夜0時の観覧車 #3つのお題に空想のひらめきを
約1700字・ショートショート
巨大な観覧車である私の体は、まるで死を待つ恐竜の白い骨のように、冷たく凍りついていた。
かつて、この遊園地のシンボルとして、子供たちの笑顔と歓声を空へと運び続けていた日々。
それは今や、はがれ落ちたペンキのすき間にこびりついた、古い記憶の残りカスにすぎない。
私はただ、錆びていく時間の重みに耐えながら、海からの湿った風に体を削られ、独りぼっちで立ち尽くしていた。
私の願いは、たった一つ。
もう一度だけあの頂上から、夜の街を飾る宝石箱のような光を、誰かに見せてあげること。それだけだった。
「明日、すべてを取り壊して鉄くずにする」
解体作業を告げる男の、冷たいつぶやきが私の鉄の肌をかすめた。絶望が、真っ黒な油のように私の心に染み込んでいく。
その夜だった。
立ち入り禁止のフェンスをすり抜けて、小さな影が私の足元に飛び込んできた。息をきらし、おんぼろの靴をはいた少女だった。
「最後にもう一回だけ。お願い、動いて!」
少女は冷え切った私の鉄骨に額を押し当て、涙を流しながら叫んだ。
「お母さんの病室の窓から、この遊園地が見えるの。観覧車がなくなっちゃったら、お母さん、もう窓の外を見なくなっちゃう。だからお願い、最後にもう一度だけ光って!」
少女のあたたかい手が鉄柵に触れた瞬間、死んでいたはずのモーターが、ドクン、ドクンと激しく脈打った。
午前零時。しんと静まり返っていた園内が、突然動き出した。
ポップコーンのカートがガラガラと車輪を鳴らし、メリーゴーランドの木馬たちが、まぼろしの草原を走るように床を叩く。
閉園をむかえた仲間たちの「最後のプライド」が、地下の電線を伝って、私の冷え切った体へと流れ込んできたのだ。
少女を乗せたゴンドラを大切に抱え、私はギギギと関節の悲鳴を上げながら、ゆっくりと夜空へ向かって上り始めた。
だけど、運命はあまりにも意地悪だった。
頂上まであと少し、という高さで、私の奥深くで何かがブツリとちぎれた。青白い火花がパチパチと飛び散り、何かが焦げたツンとする匂いが鼻を突く。電気が消え、私は完全に止まってしまった。
(……ああ、やっぱり私は、ただの壊れた鉄くずだったんだ)
真っ暗な空の途中で、ガタガタと震える少女。
幸せにするどころか、私は少女を暗闇の中に閉じ込めてしまった。激しい後悔が、冷たい夜露と一緒に、私の鉄の骨にしみていく。
「……ごめんね」
ゴンドラのガラス越しに、少女の小さな声が聞こえた。彼女は泣いていた。
「私のせいで、無理をさせちゃってごめんね。でもね、これ、お母さんと私のはじめての宝物なんだ」
少女は、一枚の古びた乗車券を窓ガラスにぴったりと押し当てた。そこには幼い文字で『またのろうね』と書かれている。
その紙切れから、電気なんかよりもずっと熱い、お母さんへのまっすぐな愛が、私の体中に流れ込んできた。
(私は、ただ回るためにここにいるんじゃない。彼女たちの心からの願いを守るために、今ここにいるんだ!)
そう気づいた瞬間、全身の回路がカッと熱くなった。
私は大声を上げるように、数千個の電球に一斉に命を吹き込んだ。
真っ暗だった廃墟の遊園地が、一瞬にして、まばゆい黄金の光の国へと生まれ変わる。
「あ……光った……! お母さん、見て!」
少女が窓に顔を寄せ、歓声を上げる。私は最後の一回転を、まるで祈りを捧げるように、どこまでも静かに、ゆっくりと回りきった。
少女の瞳に、夜景よりも美しい涙がキラキラと輝くのを見て、私は自分の生まれた意味が、今、完成したのだと感じた。
遠くの病院の窓からも、小さく光が振り返してくれた気がした。
翌朝。工具を持った解体業者たちがやってきたとき、彼らは全員、言葉を失って立ち尽くした。
私は、モーターも、歯車も、すべての機械がドロドロに溶け合い、ひとつの巨大な「鉄の彫刻」として固まっていた。
彼らは私を壊さなかった。いや、壊せなかった。
そうして私は今も、公園となったこの場所の静かな中心として、ここに立っている。
足元では子供たちが元気に走り回り、私の影の中で恋人たちが楽しそうにしゃべっている。
私はもう観覧車ではない。
ここにやってくる人たちの思い出を優しく包み込み続ける、永遠の風景になったのだ。

