吹き出し珈琲 #風まかせ文芸部
約600字・ショートショート
吹き出し珈琲は、飲むと頭の周りに白い風船のような漫画の吹き出しが現れる。
脳内でそこに書きこむと、言いにくいことも言葉を交わさずに伝えられると人気だった。
彼女と僕は、いつも吹き出し珈琲を飲んだ。僕たちは相手への不満や希望を吹き出しにして、無言で言葉を伝えあった。
「映画に行こうか」と僕が書くと、彼女は「水族館がいいな」と書く。
そうやって声で喧嘩することなく、お互いの希望をぴたりと調整し合った。
この珈琲のおかげで、僕たちの関係はパーフェクトだった。
ある日、僕の吹き出しには、いつものように「好きだよ」と書いていたのに、彼女の吹き出しには何も書かれていなかった。
真っ白なまま。
僕は「どうしたの?」と続けて吹き出しに書きこむが、彼女からは「……」と、三点リーダーの返事。
そして彼女は微笑みながら、そっと僕の頭の吹き出しに手を伸ばして、パチンパチンと手を叩く。
僕の「好きだよ」と「どうしたの?」の吹き出しは簡単に割れて、ふんわりと珈琲の香りが漂った。
「もう、書かなくていいよ」
と彼女は声に出した。
吹き出し珈琲は、思考を言葉で伝えるためのもの。もう二人の間に言葉はいらないということか。
「うん。そうだね」
僕も笑顔で応えた。
実を言えば、最初からこの吹き出し珈琲は苦手だったんだ。言いたいことは声に出して伝えればいいと思っていた。
きっと彼女も僕と同じことを考えたのだ。
彼女は微笑みを崩さずに、はっきりと僕に言った。
「別れましょう」
……いや。
やっぱり吹き出しのほうがよかった。

