音のない世界の歌姫 #3つのお題に空想のひらめきを
約700字・ショートショート
「昔の世界には、『騒音』というひどい害悪があふれていました」
案内役のロボットが、音のない展示室でホログラムを映し出す。
頭の中に直接届くメッセージは、冷たい指先で脳をなぞられるみたいに、温度がなくて無機質だ。
私は、厚いガラスの向こうにある「歌姫」の像を見上げていた。
彼女は天を仰ぎ、喉の奥が見えるほど口を大きく開けている。
けれど、彼女の口からは何も聴こえてこない。
今の社会では、音を出すのはマナー違反だ。
人前でおならをしたり、泥を投げつけたりするのと同じくらい、恥ずかしくて野蛮なことだとされている。
友達とのおしゃべりも、すべて脳内通信。
全ての雑音は消音装置により完璧に除去され、街は深い水底に沈んでいるみたいに、しんと静まり返っている。
「ご覧ください。これが『拍手』という、手を叩き鳴らす不快な動作の再現です」
映像の中で、昔の人たちが激しく手を叩き合わせている。
ペチペチという音が脳内に響く。
私はそれを見て、思わず肩をすくめた。
あんなに激しく空気を叩きつけるなんて、なんて怖くて、乱暴な文化だったんだろう。
けれど、展示の最後にある、古びたオルゴールに触れたとき、私は不思議な衝動にかられた。
(……ふるえてる?)
指先から微かに伝わる温かい振動。
音はまったく聞こえない。
でも、木の箱の中で、小さな金属の歯車たちが、必死に空気を震わせようとあがいている。
その命がけの痙攣みたいな振動が、私の指を跳ね返す。
静寂は平和だ。
でも、この箱の中に閉じ込められた、荒々しくも温かい震えを、今の私たちは完全に忘れてしまっている。
私は、自分の喉を指でなぞってみた。
そこには、一度も使われたことのない、眠ったままの楽器が隠されている気がした。

