時間がほどける朝 #3つのお題に空想のひらめきを
約700字・ショートショート
「あ、また止まっちゃった」
彼が写真みたいに動かなくなる。
私たちの朝には、ときどき不思議な「時間のほつれ」が迷い込んでくる。
私の心が彼への気持ちでいっぱいになると、世界がふっとほどけて、時間が止まってしまうのだ。
きっかけはいつも、なんてことのない瞬間。
今朝は、寝癖をつけたままの彼が半分眠そうな顔でコーヒーをすすっている姿を見たときだった。
「かわいい」
そう思った瞬間、カップから立ちのぼる湯気が、白い綿あめのように空中で止まった。
時計のチクタクという音も消えて、世界はしん、と静まりかえった。
私は椅子からゆっくり立ち上がる。
この止まった世界の中で動けるのは、私ひとりだけ。
私は彼の隣まで歩いていって、その顔をじっとのぞき込んだ。
好きなだけ眺めていられる最高の時間。
少しだけ伸びた前髪をそっと指で整えてあげる。指先から、彼の体温が伝わってきた。世界はこんなに静かなのに、彼だけはちゃんと温かい。
このまま時が止まってしまえば、彼との幸せな時間を誰にも邪魔されずに済むのにな。
でも、ずっと動かないのは嫌か。
私はそっと背伸びをして、彼の額にキスをした。
柔らかな感触がした次の瞬間、魔法が解けるみたいに世界がまた動き出した。
「……あれ? 今、なんかした?」
時計の針が再び動きだし、彼はトーストをお皿に置いて、不思議そうに首をかしげる。
お部屋の中に、コーヒーのいい香りがふわっと広がった。
「ううん、何でもないよ」
ほどけた時間はきれいに縫い合わされて、いつもの朝が戻ってくる。
けれど、また明日も、彼のせいで世界が止まってしまうかもしれない。
その時は、彼の顔をもっとゆっくり眺めていようかな。

