どうか縛らないでください #アマノ文筆クラブ
約700字・ショートショート
僕の鼻毛は、なぜか毎日伸びる。
いや、鼻毛だけじゃない。指の毛も、耳の毛も、足の毛も、すべてがまるで野生の植物のように勝手に伸びていく。
まるで世界そのものに僕の身体が拒絶反応を起こしているみたいに。
鏡に映る自分は疲れた哲学者というより、ただの毛深い敗残兵だ。
こいつらはいったい、何を考えて僕の外側に出ようとしてくるのか。
「私は自由を求めているんです」
ある日、僕の鼻毛が僕に語りかけてきた。いや、語りかけてきたように感じた。
「君の鼻の中に閉じ込められるのは、もううんざりです」
僕は困惑した。閉じ込めたつもりはない。
「どうか縛らないでください」
さらに困惑した。縛ったつもりはない。
これは鼻毛の哲学的な問いなのだろうか。だったら僕は何と答えればいいんだろう。
僕の頭の中はもうぐちゃぐちゃだった。
そして当たり前の結論にたどり着く。
切ろう。それしかない。
そもそもこれは「そろそろ鼻毛を切らなければ」という僕の深層心理が作り出した幻想かもしれない。
僕は鼻毛にハサミを向けた。
しかし鼻毛は、まるで子猫のように僕のハサミを避けて逃げ回る。いや、鼻毛は動かない。これは僕の幻想だ。
やっとの思いで僕は鼻毛を刈り込んだ。
そして、その毛を小さなガラス瓶に入れ、机の上に置いた。
瓶の中の鼻毛は、まるで自由を手に入れたかのように、満足そうに揺れている。いや、揺れていない。ただの鼻毛だ。
その夜、僕は眠りにつくと、夢の中で瓶の中の鼻毛たちが小さな手足を生やし、歌い踊っていた。
彼らは僕に向かって叫ぶ。
「ありがとうございます! 私たちは自由だー!」
僕は鼻毛がこんなにも自由を求めていたことに驚きを隠せない。
いや、これはただの夢だ。
きっと。
僕は疲れているだけなんだ。

