【夜のラジオ小説】『響』(風よ!シリーズ第四部)⑥
最終話 「Starman」
いつもの如く慌ただしい一日だった。
日勤組は夜勤への引き継ぎを終え、ようやく肩の力を抜いたところだった。
「美琴、聞いて!
さっき患者さんに“リンタさん?”って呼ばれたの!
誰よリンタって!!」
「そんな名前いる?
てか凛花、それ……ヘアキャップの跡ついてるよ」
「これは跡じゃない! 戦いの証!」
騒がしいふたりの横を、
紙コップのコーヒーを持った響が静かに通り過ぎる。
「連勤続きだったというのに元気ですね、ふたりとも。
声、廊下まで響いてましたよ」
「響先輩も何か言ってくださいよ! 美琴が!」
「凛花ちゃん、その髪……進化途中ですか?」
「してません!!」
「美琴ちゃん、その眉間のシワは今日も健在ですね」
「えええ!しわ?しわ!?」
救急も落ち着いていて、
ふざけ合う三人の声が、病棟にやわらかく溶けていく。
ナースステーションの奥。
ベテラン看護師がカルテをめくりながら副師長に言った。
「あの三人……病棟の雰囲気、ちょっと変わってきましたよね」
「わかる。いい意味でね。
強い風が二つと、それをそっと束ねる風」
「ぷっ……副師長、黒澤さんの影響受けてません?」
「えー、若い子の言葉はすぐ移るのよ」
ひっそりとした笑い声が、明かりの下で揺れた。
ロッカー室で帰る支度をしていたとき、
凛花が突然言った。
「ねぇ響先輩……今日さ、久しぶりに“大ちゃんのとこ”行きません?」
「行く!!」と美琴が秒で返す。
響は少し驚き、
そしてゆっくり、うれしそうに頷いた。
「……えぇ、行きましょう。」
(あの店は、私の原点だから)
*
夜のスナックみなと。
三人は並んでカウンターに座った。
凛花は、響がちょっと笑うだけで大げさに喜び、
美琴は照れ隠しでツッコミを入れる。
響はそのやり取りの真ん中にいながら、
胸の奥がじんわり温かくなるのを感じていた。
そのとき、大ちゃんが何も言わずにリモコンを押した。
スピーカーから、
夜に溶けるようなイントロが流れ出す。
——"Starman"
「え、今日これですか?」と凛花。
大ちゃんはグラスを拭きながら言う。
「ん、なんか……今のアンタらにちょうどいいのよ」
「今の私たち……?」と美琴。
響は少しだけ目を細め、
静かに言った。
「……そうかもしれません。
この三人なら、どこへでも行ける気がします」
「当たり前よ」
大ちゃんは鼻で笑った。
「どんな星だって、手を伸ばせば届くものなの」
凛花が目をキラキラさせ、美琴が半分口を開け、響が微笑む。
歌声が三人の笑い声に重なった。
“There’s a starman waiting in the sky”
デヴィッド・ボウイの声が、
そんな三人をそっと祝福した。
そしてその時、響は静かに思った。
——あの日、火星を目指していた自分が、
気づけば、ちゃんと「ここ」に立っている。
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響の章 ― 了
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