短編小説『光のほうへ』

光のほうへ
佐久間光の訃報を知ったのは、秋の終わりの夕暮れだった。
会社からの帰り道、スマホに届いた同級生からのメッセージ。
「覚えてる? 小学校の佐久間光、死んだって」。
一瞬、時間が止まった。
光。佐久間光。あの、窓越しの懐中電灯の光。
小学生の頃、隣の家に都会から引っ越してきたのが佐久間光だった。
夏の夕方、母親に連れられて挨拶に来た光は、色白で、どことなく浮世離れした雰囲気だった。
「仲良くしてやってね」と母親に言われたけど、適当に「うん」と返しただけ。
都会から来た奴なんて、気取ってるんだろうと思った。
光の転校初日は、予想通りだった。
色白で華奢な見た目が女子にウケて、休み時間にはクラスの女子たちが光の周りに集まって騒いでいた。
男子の俺たちはそれを面白く思わなかった。
「都会のボンボン」とか「ひ弱」とか、陰で悪口を言い、ときにはランドセルにいたずらしたりした。
光はそんな俺たちの視線に気づいているのかいないのか、ただ静かに笑って、教科書を開いていた。
時折、誰も見てないときに、校庭の隅で空を見上げて何か呟いている姿が、妙に印象に残った。
放課後、自分の部屋に戻り、開けっ放しの窓から外をぼんやり眺めた。
すると、隣の家の窓に光の姿が見えた。
ちょうど帰ってきたところらしく、ランドセルを下ろしながらこっちを見た。
目が合った瞬間、気まずくなってカーテンを引いた。
その夜、奇妙なことが起こった。
布団に入ってウトウトしていると、窓の外からチラチラと光が漏れてきた。
何だ?と思ってカーテンを開けると、隣の窓から懐中電灯の光が部屋を照らしていた。
光本人が、窓辺に立って懐中電灯を手に持っている。
眩しくて目を細めながら手を振って光を遮ると、光は少し笑ったように見えた。
まるで、俺を試すような、いたずらっぽい目だった。
翌日も同じだった。
夜、懐中電灯の光が窓を照らす。
無視するつもりだったけど、なぜか放っておけなくて、俺も懐中電灯を取り出して光の窓を照らした。
光は一瞬驚いた顔をして、それからまたあの静かな笑顔を見せた。
それから毎晩、懐中電灯で窓を照らし合うようになった。
言葉はない。
ただ、光の点滅で何かを感じ合うような、不思議な交流だった。
ときどき、光は懐中電灯で妙なリズムを刻んだり、意味不明なパターンで点滅させたりした。
モールス信号でもない、ただの光の遊び。
まるで光自身が、夜だけは別の顔を見せる奇妙な生き物みたいだった。
光は学校では大人しく、いじめられても反撃せず、ただ耐えているように見えた。
でも、夜の光は違った。
懐中電灯の光には、どこか大胆で、俺を挑発するような輝きがあった。
ある夜、光が窓辺で懐中電灯を振りながら、突然変なダンスみたいな動きをしたことがあった。
笑いそうになって、俺も適当に光を振ってみた。
あいつ、頭いいくせに、変な奴だった。
数ヶ月後、光はまた引っ越した。
父親の仕事の都合だと聞いた。
別れ際、窓越しに光が懐中電灯で最後の光を放ってきた。
俺も照らし返したけど、その光はどこか弱々しくて、すぐに消えた。
それきり、光とは会わなかった。
大人になってから、光が有名大学、東大か早稲田に進学したという噂を、同窓会の席で耳にしたことがある。
きっと、あの美しい横顔と聡明さなら当然だろう、と、どこか納得したのを覚えている。
だから、訃報には耳を疑った。
事故だったらしい。
詳しいことは誰も教えてくれなかった。
聞く気にもなれなかったのかもしれない。
光の死因が何であれ、俺の心に残ったのは、あの夜の、光の放つ細くも力強い光だった。
闇が息をひそめ、光だけが生きていた。
あの夜の窓辺は、今でもまぶたの奥に焼きついている。
光は、何を伝えようとしていたのだろうか。
彼はあの夜、俺の窓を照らすことで、孤独な自分を、誰かに見つけてほしかったのか。
それとも、子供ながらの気まぐれで、俺を試していたのか。
懐中電灯の光は、いつも一方向からしか当たらず、自分自身を照らすことはできない。
でも、その光は、闇の中の誰かを確かに見つけ、繋ぐことができる。
俺は帰り道、なぜか懐中電灯を買った。
コンビニの袋に入ったままのそれを、夜、ベランダで取り出した。
空を照らす。
何も返ってこない。
ただ、暗い空のどこかで、微かに光が瞬いた気がした。
それが星か、誰かの窓かは分からない。
――あの光を、誰かに向けられる大人になれただろうか。
そう思いながら、俺も、少しだけ光のほうへ歩いた。
あとがき
風まかせ文芸部のお題「光」に参加させていただきました。
最初は「光をチラチラするような話を書きたいな」と思い、浮気された女が男に復讐する――そんな短編を構想していたのですが、途中で「いや、違うな」と筆を止めました。
ふと頭に浮かんだのは、子供の頃に見た懐中電灯の光景でした。
僕が育った住宅地には、同い年くらいの子どもがたくさんいて、夜になると家の窓越しに懐中電灯を照らし合って遊んだ記憶があります。
向かいの部屋にいた少し年上のお兄さんと、ガチャガチャのカプセルを投げ合ったり、ただ光を点滅させて笑い合ったり――それだけのことなのに、今でも鮮明に覚えています。
そんな、特別な関係でもないのに、なぜか記憶の奥でずっと光っている「誰か」との思い出。
この物語は、そんな曖昧であたたかな記憶を、ひとつの形にしてみたものです。
いつか、自分の放つ小さな光が、誰かの心の窓に届くことを願って。
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もしこの小さな“光”があなたの心にも届いたなら、
「スキ」でそっと灯りをともしてください。
そして、「フォロー」してもらえると、次の物語の窓も開きます。
感想や思い出を「コメント」で教えてもらえると、きっと誰かの懐中電灯がまた光ります。
連載中の『配達員ろること2号』では、夜の街を走るフードデリ配達員たちが、
それぞれの“灯り”を届けています。
日常のノイズと孤独を、物語とAIイラストで照らす作品たちを、Xでも発信中。
👉 フードデリの話、小説、AIイラストを日々投稿しています。
――あなたの一つのリアクションが、僕の物語を照らす光になります。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するXユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、
特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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