夏休み20字小説『世界が終わる時、天使と悪魔が微笑み交わす』

世界が終わる時、天使と悪魔が微笑み交わす
朝焼けを裂き、東の空が海へと沈み始めた。
桟橋の先で、影が静かに水面へ溶けていく。
砂浜に埋もれた鍵が、波音の奥で震えてた。
灯台の光に、黒い翼の影が揺らめいていた。
崖下の白い花が、潮の香りを纏い揺れてた。

海底で咲く花は、陸では決して咲かない花。
月が沈み、影が町をゆっくり歩き回ってた。
廃墟の教室で、桜雪が机を覆い尽くしてた。
猫が笑い、世界の終わりが近いと告げてた。
雨雲の切れ間に、戦場のような光が差した。

砂時計が割れ、未来が床一面に散らばった。
羽音が響き、鐘が遠くで鳴りやまなかった。
雨音が消え、窓の外に見知らぬ海が広がる。
波が名前を呼び、足元を飲み込んでいった。
崩れた桟橋から、青い傘が海に落ちてった。

潮騒の中で、誰かが、笑い声をあげていた。
海底の花畑で、差し出した手を握り締めた。
光が差す中で、影は海の底へ溶けていった。
目を閉じた瞬間、全ての音が遠ざかってた。
静寂の中だけ、微笑みを交わす二人がいた。

白い羽が舞い、光が崩れゆく街を覆ってた。
黒い影が笑い、波は静かに総て呑み込んだ。
光と影の間で、二つの笑みが重なり消えた。


小説版『世界が終わる時、天使と悪魔が微笑み交わす』
朝焼けを裂くように、東の空が赤く割れていた。
海の向こうで、陽が昇るのではなく沈んでいく。
僕──海斗は港の手すりにもたれ、潮の匂いを吸い込んだ。
──この日がすべての始まりになるなんて、まだ思ってもいなかった。
「海が落ちてく」
振り返ると、そこに彼女が立っていた。
制服姿の潮里が、朝焼けを背に微笑んでいる。
その瞳は、夜明けの光を映しているはずなのに、どこか深い闇を抱えていた。
「……久しぶりだな」
そう言うと、潮里は首をかしげた。
「久しぶりって、毎日会ってたじゃん、海斗」
──ああ、これは、あの日のままの潮里だ。
ただ、その微笑みは、何かを知っている者のそれだった。
古い桟橋を並んで歩く。
板がぎしぎしと鳴る。
「ここ、いつか抜けるって言ってたろ」
「抜けたら泳げばいいじゃん。……海の底まで」
軽い口調なのに、その声には妙な重みがあった。
次の瞬間、潮里の影が揺れて、水面に溶けていった。
気づけば僕は一人で砂浜にいた。
足元の砂を掘ると、小さな錆びた鍵が出てきた。
「……潮里のロッカーの鍵だ」
握りしめた瞬間、波音の奥から「開けて、海斗」と囁きが響く。
それは潮の音ではなく、遠くの鐘の音と、何か巨大な羽ばたきが混じっていた。
その羽ばたきの向こうには、一瞬だけ温かい光が射し込んだ気がした。
町に戻ると、灯台の光が昼間でも強く回っていた。
光が無人の街路を横切り、閉ざされた家々の窓を照らす。
一つの窓辺に、潮里が立っていた──その背には、一瞬、黒い翼の影が重なった。
崖下の海に白い花が揺れていた。
「海底で咲く花なんて、あるんだな」
振り向くと、潮里が隣にいた。
「これはね、陸じゃ咲けない花。天使は触れられない」
彼女が手を伸ばした瞬間、花は崩れ、波に溶けた。
夜、月が海に沈むと、町全体に影が広がった。
舗道を、橋を、灯台の根元を歩き回る。
「探してるのかな」
潮里がぽつりと呟く。
「誰を?」
「……たぶん、海斗を」
その声には、誇らしげな響きと、戦場を見下ろす者のような冷たさがあった。
朝、港の猫が僕らの前に座った。
口元が笑っている。
「笑ってるよな?」
「世界が終わるときは、きっとみんな笑うんだよ」
潮里はそう言って、僕を見た。
「その時、どちらに立つか……もう決めた、海斗?」
倉庫で砂時計が割れていた。
床一面の砂粒の中に、淡く光る粒が混じっている。
「これ、未来だよ。天使が守ろうとした」
潮里が拾おうとするが、粒は指先で消えた。
「でも未来なんて、簡単に変えられる」
雨音が止み、窓の外に見知らぬ海が広がる。
波が僕の名前を呼んだ。
「行くの?」
潮里が微笑む。
「行かなきゃ」
波打ち際に立つと、足元の水が膝まで迫った。
海底の花畑が見える。
そこに潮里が立っていた。
「こっちだよ、海斗」
差し出された手を取った瞬間、視界が水に覆われた。
その静けさの中で、潮里の笑い声だけが響いていた。
低く、甘く、そして──堕ちていくように心地よかった。
もう、この世界の終わりは、潮里と共にあるものだと思っていた。
あとがき
シロクマ文芸部の夏休み20字小説に参加させていただきました。
お題は「20字ぴったりの小説」。
最初は「いや、20字って短すぎない?」と思ったのですが、試しに書いてみると──やっぱり小説というより詩のような雰囲気に。
それでも何本か書き進めるうちに、「あ、これはちゃんと物語になるな」と気づきました。
1文で完結させるため、必然的に印象的な言葉を選びます。
その結果、ひとつひとつの情景が鮮やかに浮かび上がり、並べて読むと断片が自然につながっていく感覚がありました。
今回の20字小説をもとに膨らませたのが、小説版『世界が終わる時、天使と悪魔が微笑み交わす』です。
さらにその小説を軸に残りの短編を書き足し、全24篇を通して一つの物語が浮かび上がるように構成しました。
あまりに印象的な世界になったので、これを長編化したい気持ちもあります。
……が、他にも書きたいネタが山積みで、どこから手をつけるかはまだ決めかねています。
もしこの物語が、あなたの中でほんの少しでも波紋を広げたなら──
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