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短編小説『奇跡を失った神は、祈り続ける』


奇跡を失った神は、祈り続ける

祈ることしか知らない神に、世界は預けられてしまった。

──それは、終わりの封印のあとだった。
世界の中心で、時を喰らう獣が目を覚ました。
その咆哮は空を裂き、海をひっくり返し、森を灰に変えた。
千年に一度しか現れぬ災い──目覚めれば未来を丸ごと飲み込む存在だった。
それが目覚めたのは、まだ僕が生まれる前のことだった。
神はその口を封じるため、自らの奇跡をすべて鎖に変えた。
千年分の未来を閉じ込めた鎖は、今も地の底で微かに鳴っている。
残ったのは、「祈る」という行為だけだった。

「また、祈ってるのか」

僕は丘の上で、その背中に声をかけた。
神は人の形をして、膝をつき、夕陽を浴びていた。
まるで沈みゆく太陽そのものを抱きとめるかのように。

「祈るしかできないからな」
低く、乾いた声。けれど、不思議と胸の奥が温かくなる響きだった。

僕はその隣に腰を下ろす。
神の祈りは、聞く者の心を揺らした。
争いを止めることもあれば、逆に火をつけることもある。
それでも、この祈りを聞くたび、世界のどこかが静まり返るのを感じた。

「……今日は、誰に?」

「世界に」
少し間を置き、神は続ける。
「だが、どう届くかはわからない。
 届かなくても……やめられない」

僕は昔、神の祈りで家族を救われた。
あの夜、川が氾濫し、家もろとも流されそうになった時、
見えない手が僕らを岸に押し上げた──それが神の祈りだった。
あまりにも突然で、あの時は恐怖と安堵が入り混じって、何も言えなかった。
けれど別の町では、その祈りがきっかけで戦が起きたと聞く。
祈りは薬にも毒にもなる。

「なあ、神様」
「何だ」
「もし、祈りが誰かを傷つけるってわかっても……やめないのか?」

短い沈黙。
風が草を撫で、鳥の羽ばたきが遠くで響いた。

「やめない」
神はためらいなく答えた。
「祈りをやめれば、私はもう何者でもなくなる。
 それは私にとって死と同じだ」

その瞳には、力を失ってなお消えない光があった。
この者に世界を預ける──そう思わせる何かが、確かにあった。

風がやみ、夕闇が近づく。
地の底から鎖のかすかな音が届いた気がした。
神は僕を見て、ほんのわずかに微笑んだ。

「君は、祈るか?」

僕は神の横顔を見つめた。
その表情は静かで、けれど揺るぎない。
僕はうつむき、草の上に手を置いた。
「……ああ。祈るよ」
少しだけ息を整えて続ける。
「たぶん、それしかできない時が、誰にだってあるから」

神と僕は並んで祈った。
鎖はまだ未来を抱いているのだろうか。
祈りは鎖の奥まで届くのだろうか。
その祈りが、どこへ届くかは知らない。
けれど、この瞬間だけは、確かに世界が静かだった。


あとがき
シロクマ文芸部のお題「祈ること」への2本目の参加作品です。

「祈ること」と聞くと、やっぱり真っ先に浮かんだのは神様でした。
でも、もしその神様が奇跡を失ってしまったら──。
残されたのが「祈ること」だけだったら、世界はどうなるのだろう?と考えたのが、この物語の始まりです。

よく考えれば、今だって神様に祈ったからといって奇跡が起きるわけではありません。
もしかしたら、ずっと昔から神様は祈ることしかできなかったのかもしれません。
それでも祈り続ける神と、それを隣で聞く人間の関係を、少しだけ覗いてもらえたら嬉しいです。

もしこの物語が心のどこかにちょっとでも響いたら──
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連載中の『配達員ろること2号』も、ぜひ覗いてみてください。

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神様ほどではないですが、あなたの反応があると元気になります。

※本作はフィクションです。

登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。

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