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短編小説『砂浜でサバ缶を開ける音がした』


短編小説『砂浜でサバ缶を開ける音がした』

砂浜で、サバ缶を開ける音がした。
「プシュッ……カポッ……」
絶妙なリズムで、潮騒と混ざり合うその音。

俺は思わず振り返った。
そこにいたのは、全身銀色のラッシュガードに身を包んだ男。
しかも──両手に缶切りを持っていた。

「おまえ……何してんの?」

「聞いてなかったのか?」
男は立ち上がり、波打ち際に向かって叫んだ。

「いま、俺の“開け音”が再生回数19万回突破したぞォォォ!!!!!!」

……わけがわからなかった。

「……再生回数、19万回?」

俺は思わず聞き返した。

「そう。昨日まで18万7千だったけど、朝開けた“6缶目”がバズった。潮風とカポ音の相性が良すぎたんだな」

「6缶目……って、そんなに開けてんの?」

「今日だけで13缶開けてる。今のは14缶目」

「開けすぎやろ」

俺のツッコミも虚しく、男はクーラーボックスの中を覗き込む。

「あと27缶ある。今日は“フル開け”する予定だから」

「なにそのマラソンみたいな言い方」

男は真顔で答えた。

「“開け続ける者にしか、聞こえない音がある”って、知ってるか?」

「いや知らんよ」

「俺は──その音を“オト頂(いただき)”って呼んでる」

「勝手に命名すんな」

だが、俺の反応など意に介さず、男は静かに次の缶を取り出す。

「……見てろ。これは、世界を変える音だ」

缶切りが缶に触れた瞬間、周囲の空気が張りつめた。

「……プシュッ」
「……カポッ」

「……ッシャアアアア!!!!」

男が叫ぶ。ガッツポーズだ。
波が拍手してるように見えた。気のせいだけど。

「いまのは、来た。完全に来た。開け音のゾーンに入った。……いま、俺の耳には、海が“うまい”って言った」

「いや海に味覚ないよな?」

男はそのまま、静かに腰を下ろした。
拍手が──聞こえた。

振り返ると、いつの間にか女の子が立っていた。
20代前半、ワイヤレスイヤホンを片耳だけ外してる。
iPhone片手に、なぜか泣いていた。

「この人の“開け音”、毎朝聴いてます。……今日のは、特に沁みました」

「沁みる音ってなんだよ……」

「音に意味なんていらない。“聴いた瞬間、涙が出た”──それがすべてです」

なんか知らんが、拍手が広がっていた。
気づけば俺たちは取り囲まれていた。
椅子に座る者、録音する者、地べたで正座してる奴までいる。
全員、無言で“開け音”を待っていた。

「おまえら何なん……?」

俺がつぶやくと、男が俺の肩に手を置いた。

「わかってきただろ」

「なにが?」

「音は、世界をつなぐ。缶のフタ一枚で、人の心は開く」

「いやうまいこと言った顔すんな」

やがて、男は最後の1缶を取り出した。
ラベルは、見たことのない言語で書かれている。

「これが、今日のラストだ。……おまえ、開けてみろ」

俺の手に、缶切りが握らされた。

「俺が?」

「そう。音は、渡せる」

周囲はシン……と静まり返る。
俺は缶を見つめ、ふと読み上げた。

「……“Surströmming”……?」

「スウェーデン製。発酵ニシンだ」

「絶対アカンやつやん!!!!」

だがもう、誰も止められなかった。

俺は……刃を当てた。

「……プシュッ」

──その瞬間、空気が、爆ぜた。

「くっさああああああああああああ!!!!!!」

砂浜が割れる。
海鳥が落ちる。
泣いてた女の子が泡を吹いた。

「鼻がっ……! 鼻が終わったぁぁ……!」
「目が……目がァァ……!!!」
「これは……“開け音”じゃない、“災害音”だ!!」

潮風に乗って広がる、死の臭気。
浜辺は地獄と化した。
誰も逃げられなかった。
俺たちは、臭気の檻に閉じ込められたのだ──。


(その日から俺は、“開け音”を信じなくなった)


あとがき

今回、初めてシロクマ文芸部に参加させていただきました。
お題は「砂浜で」から始まる小説──ということで、最初はまっすぐに恋愛や青春ものを書こうと思っていたんです。

「砂浜」と聞いて真っ先に浮かぶのは、波打ち際でじゃれ合う恋人たち。
あとは、潮風に吹かれながらの告白シーン、夏の終わりの別れ──そんな爽やかで切ないシーンの数々。
「よし、今回は真面目にいこう」と思っていたはずが……

気づけば、銀色のラッシュガードに身を包んだ男が、砂浜でサバ缶を開けて叫んでいました。
なぜかは、僕にもわかりません。

でも、こうやって「テーマ」があると、普段考えないような方向に思考が飛んでいって、意外な発見や楽しさがあるなと改めて実感しました。

今回の短編がちょっとでも「くすっ」となったり、「意味わからんけど嫌いじゃない」と思っていただけたら嬉しいです。
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また、週1ペースで『配達員ろること2号』という、フードデリバリーを題材にした連載小説も書いています。
実体験をもとにした配達員あるあるや、人間関係のもどかしさなど、ちょっとリアルで、ちょっと笑える物語です。
こちらもぜひ読んでみてください。

X(旧Twitter)では、フードデリバリーを中心に、小説に関することや制作裏話などもポストしています。
興味を持っていただけた方は、そちらもぜひ覗いてみてください。

いつかあなたの“開け音”に、出会える日を楽しみに。


※本作はフィクションです。

登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。

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