短編小説『リオと屋根裏の小さな図書館の月』
ある夜のこと。
リオは屋根裏を探していた。肩の上には、ひゅるるん!と羽をはばたかせる魔法の万年筆。
「リオ、こんな夜更けに何を探してるんだい?」
「父さんの秘密の部屋……。屋根裏にあるって聞いたんだ」
古い箱をどけたその奥に、ちいさな模型が出てきた。
図書館のミニチュア――屋根裏の小さな図書館だ。
箱のふちには、父さんが何度も触れたような、かすかな跡が残っていた。
リオは胸がどきんと高鳴った。
「まるで本当に人が住んでいるみたいだ……」
リオがのぞきこむと、窓の奥に光がちらちらと揺れ、小さな影が動いた気がした。
「えっ……これ、ただの模型じゃない?」
「おお、これは……!」万年筆が目を輝かせる。
「ただの模型じゃない、物語の入口だよ!」
その瞬間、模型の窓に灯りがともり、やわらかな光が2人を包みこんだ。
リオと万年筆は顔を見合わせる。
「まさか……!」
次の瞬間、2人まとめてミニチュアの中へ、ひゅるるん!と吸い込まれていった。
気づけばリオは図書館の街に立っていた。
本でできた建物が並び、通りにはインクの香りがただよっている。
けれど街の人々は青ざめていた。
「助けてくれ! 本の文字が消えていく!」
広場にそびえる大時計が、ぼーん、と鳴った。
その音に合わせて、しゅわしゅわ……と文字が本の中で溶けはじめ、紙の上から砂のようにこぼれ落ちていく。本棚全体が真っ白に染まり、読みかけの物語を抱いた子どもが叫んだ。
「見て! 登場人物の名前が消えていく!」
「あの大きな時計が……本の文字を消してるの?」リオは思わず声を上げた。
司書の老人が震える声で言った。
「そうじゃ。あれは“忘れんぼうの時計”。
時を告げるたびに、物語の文字を消して――忘れさせてしまうんじゃよ。わしが五十年守ってきた物語も、消えるんじゃ……」
「唯一の治し薬は“月光ソーダ”じゃ。ソーダ水の泉に月を映せば手に入るのに、もう長いこと月が出てこんのじゃよ」
リオははっとした。
「……そういえば、先月、父さんが屋根裏の雨漏りを直したんだ。
あのときふさいだ穴から、月の光が入ってきてたのかもしれない!」
鐘が再び鳴り響いた。
ページが真っ白になり、本の切れ端が羽のように宙を舞う。
「だめだ……このままじゃ、全部なくなっちゃう……!」
リオの胸に冷たい不安が広がった。
「もし全部消えたら……父さんの思い出も、なくなっちゃうのかな」
「落ち着け、リオ!」万年筆が羽を大きく広げる。
「ほんの少しでも時間を稼げば、道は開ける!」
「でも、どうやって……!」
「僕に任せろ!」
万年筆は空にすばやく文字を書いた。
『幕』
黒い布が広場の上に広がり、鐘の響きを一瞬だけ遮った。
「今だ、リオ! 泉へ急げ!」
「うん!」リオはうなずき、胸の鼓動を抑えながら泉へ駆け出した。
けれどソーダ水の泉はただ暗く沈んでいるだけで、月の光がひとかけらも映っていなかった。
「やっぱり……月が出てないのか」
リオが顔を上げたとき、天窓の向こうに本物の月が輝いているのに気づいた。
リオは決意して万年筆にまたがった。
「頼むよ、あそこまで飛んで!」
「まかせとけ!」
羽をひゅるるん!とはばたかせ、万年筆は夜空へ舞い上がる。
天窓から差しこむ月光は、街の上空で途切れてしまい、地面まで届かない。
リオは悔しそうに万年筆を握った。
「せっかく月が見えてるのに……このままじゃ街まで光が入らないよ!」
「ならば、光を導く道をつくってやろう」
万年筆がひゅるるん、と羽を鳴らした。
「リオ、試しに書いてごらん。“鏡”ってね」
「……うん!」
リオは大きく文字を書いた。
『鏡』
すると透明な板がきらりと生まれ、リオはそれを天窓のそばに立てかけた。
月の光が反射し、街の上に差し込む――けれど角度が悪く、地面を照らすばかりだった。
そのとき、泉の近くにいた少女が叫んだ。
「この本、母さんが読んでくれた物語なの! 消さないで!」
少女は涙ぐみながら、本の切れ端を磨いて鏡にした。
「見て! つながるよ!」
他の子どもたちも次々に駆け寄り、読みかけの本を抱えた子、インク瓶を握る子が、懸命に紙や瓶を磨いて小さな鏡をつくり、光を受け渡していった。
一人ひとりの鏡が光を運び、最後の光の束が泉に注ぎ込まれた。
シュワァァァッ――!
泉全体が大きく泡立ち、炭酸の噴水のように光の雫を夜空へ吹き上げた。
それは弧を描きながら広場を包み込み、忘れんぼうの時計へと降りそそぐ。
時計はしゅわしゅわと月光に濡れ、やがて静かに虹色の輝きをまとった。
見上げれば夜空には一すじの虹がかかり、月の光を受けてやさしく街を照らしていた。
消えていた文字たちが本の中へ戻り、街は拍手と歓声につつまれた。
「ありがとう、リオ! 本を守ってくれて!」
リオは万年筆を胸に抱きしめた。
「魔法だけじゃだめなんだね。みんなと力を合わせたから、月は本物になったんだ」
万年筆はにっこり笑い、夜空に円を描いた。
「そうだよリオ。物語は、みんなで守って、みんなでつくるものなんだ」
ふとリオは泉をのぞきこんだ。
ソーダ水の泉に、月がゆらゆらと揺れている。
泡のひとつひとつが光をまとい、まるで月がソーダ水の中で笑っているようだった。
「ソーダ水のなかの月は……未来の物語を映してるんだ」
リオは泡のきらめきを見つめ、胸を高鳴らせた。
「この泡のひとつひとつが、僕たちの未来なんだ。
まだ語られていない物語が、たくさんここに眠ってる」
万年筆はふと、懐かしそうに羽を休めた。
「リオ……君のお父さんも、昔この街を訪れたことがあるんだ」
「えっ、父さんが……?」リオは目を見開いた。
「そう。この屋根裏に隠されていた図書館の模型――それがこの街そのものなんだ。
お父さんはきっと、大事な思い出としてしまっておいたんだろう」
リオは泉に揺れる月を見つめ、そっとつぶやいた。
「……父さんも、この光景を見たんだね。
ぼくも同じ場所に立てて、本当にうれしいよ」
リオは万年筆を握り、空に一文を書いた。
『父さんと僕の物語は、ここから始まる』
文字は光となって夜空に浮かび、
ソーダ水の泡とともに星座のように散っていった。
リオは笑顔で万年筆を掲げた。
「これから僕が、物語を書いていくんだ!」
あとがき
3つのお題に空想のひらめきをに参加させていただきました。
お題は「忘れんぼうの時計」「ソーダ水のなかの月」「屋根裏の小さな図書館」。
もうこれはリオの物語を書けと言われているようで、自然と筆が進みました。
お題がここまで明確だと迷うことがなく、むしろ一気に世界が広がっていくんですよね。
屋根裏で小さな図書館を発見し、その中に吸い込まれていくリオ。
そこで「忘れんぼうの時計」が本の文字を消し去り、
「ソーダ水のなかの月」が物語を取り戻す鍵となる――。
そんな流れがすぐに頭に浮かび、迷うどころか広がりすぎて少し長めのお話になりました。
けれど、リオの物語は「長くなるくらい自然に膨らむ」こと自体が魅力なのかもしれません。
🌙 宣伝パート
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物語を灯すのは月光ソーダだけじゃなく、読んでくれる皆さんの反応なんですよね。
あなたの一押しが、次のリオの冒険を照らしてくれます。
そして現在、連載中の 『配達員ろること2号』 もぜひどうぞ。
タワマンや隔離地区を駆け抜けるろること2号の物語は、リオの幻想譚とはまた違うスリルを味わえます。
さらにXでは、フードデリバリーのあれこれや小説の話、AIイラストも日々発信しています。
お気軽にのぞいてもらえると、きっと何かしら新しい発見がありますよ。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。また、一部の描写は実在するXユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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