短編小説『第七隔離地区 ―掟の恋―』

第七隔離地区 ―掟の恋―
世田谷自地区を逃げ出して、どれほど歩いただろう。
鉄の柵を越え、荒野をさまよい、俺はついに倒れた。
気づけば、冷たい土間の上で目を覚ましていた。
「んだば、だいじだが?」
女たちの声が耳に飛び込む。けれど、その言葉はまるで異国語のようで、一つもわからない。
ただ一人、細い声で標準語を混ぜながら話しかけてくる少女がいた。
「……だいじょうぶ、ですか?」
彼女は訛りを和らげ、ゆっくりと言葉を探してくれた。
俺はうなずくだけで精一杯だったが、その瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
やがて俺は知る。
ここが「第七隔離地区」――岩手南部旧文化圏。
掟により、外から来た者と内の娘が結ばれることは固く禁じられている。
かつて外の者を受け入れ、争いに巻き込まれて村が裂かれたという言い伝えがあり、それ以来この掟は絶対とされた。
それでも、惹かれる気持ちは止められなかった。
言葉の壁を越え、ぎこちない会話を重ねるうち、少しずつ互いの心が近づいた。
ある日、荒野で摘んだ名も知らぬ花を彼女に手渡したとき、彼女が見せた屈託のない笑顔に、俺は救われた。
だが、その想いはすぐに露見する。
「外もんが娘さ手ぇ出すとは何事だ!」
村衆の怒号が響く中、俺は捕らえられ、村はずれの古い蔵に幽閉された。
蔵の中で、日々は粘りつく闇となった。
外の太鼓や歌が遠くに響くだけで、朝も夜も分からない。
数える指も忘れるほどの孤独が、背骨を冷たく締めつけていった。
やがて噂が耳に届いた。――「隔離区統括官」が彼女を見初めた、と。
名ばかりの中央政府から任命された役職だが、地区では唯一絶対の権威。
軍服の名残をまとい、錆びついた勲章を胸に飾るその姿に、誰も逆らえない。
彼の裁きは法を超え、この隔離区そのものが彼の言葉で成り立っていた。
彼は少女を前に、一瞬だけ息を呑んだという。亡き妻の面影をそこに見出したのかもしれない。
ある日、蔵の戸口が開き、少女が差し入れを運んできた。
ほんの一瞬、視線が交わった。
彼女は小さく震える手で器を置き、何も言わずに扉を閉めた。
その沈黙こそが、彼女の答えのように思えた。
彼女は扉の向こうで、声を出さぬまま、指先を強く握りしめていた。
婚姻の準備は着々と進み、太鼓や歌の音が夜ごと蔵に響いた。
その音は祝いの調べではなく、俺を葬る鐘のように響いた。
縄を断ち切り、蔵を抜け出した俺は、婚礼の前夜、彼女に会おうとした。
だが、すぐに捕らえられ、鞭打たれた。
革の先端が背に食い込み、焼けた鉄を押し当てられたような痛みが走る。
息を殺して耐えても、二撃目がさらに深く肉を裂いた。
地に膝をついたとき、世界が赤く滲んだ。
やがて意識が遠のく中、俺は荒野へと追放された。
そのとき、彼女は人垣の向こうから一度だけ振り返った。
微笑みとも、涙ともつかぬ表情で唇を動かした。
「……んずねぇ……」
それは確かに音として届いた。だが俺には意味が分からなかった。
忘れろ、とも、愛してる、とも聞こえる。
最後まで、訛りが俺たちを隔てていた。
夜の荒野に一人、遠く廃線の鉄橋にかすかな光を見た。
かつて「銀河鉄道」と呼ばれた路線の名残。
それは、かつて星々を結んだ鉄路の残響のように夜空に漂っていた。
もしあの光が、彼女が俺の無事を祈る心の光であるなら――。
いや、それでなければ、いったい何のために夜空は輝くというのか。
俺は歩き出す。
叶わぬ恋を胸に、次の隔離地帯へ。
あとがき
片思い文芸部のお題「岩手」に参加させていただきました。
岩手……正直、「東北!」くらいしか知識がなく……。
色々調べてみたものの、松尾芭蕉が通り過ぎた場所、というくらいしか浮かばず。
でも、わからないときこそ――そう、SFに限ります。
ということで、以前書いた「下北バーガーの幽霊」と同じ世界観を土台にしてみました。
ただし今回は東京ではなく東北。すでに地名も残っていない未来の世界。
訛りがあまりに強く、まるで異国に迷い込んだかのような感覚……。
そんなイメージを膨らませつつ、掟に縛られた恋の物語として仕上げました。
◆宣伝パート◆
隔離地区に閉じ込められた恋も、読者のみなさんの「スキ」「フォロー」「コメント」で外の世界へつながります。
もし楽しんでいただけたら、ぜひ三つの行動で背中を押してください。
そして現在連載中の『配達員ろること2号』では、東京の街を舞台にまた別のサバイバルが展開中。
隔離地区の掟とは違う、デリバリーの掟に挑む物語もぜひどうぞ。
さらにXでは、フードデリバリーの日常ネタや小説の断片、AIイラストも発信しています。
物語の裏側やここだけの小ネタも転がっているので、気軽に覗いていただけたら嬉しいです。
※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するX(旧Twitter)ユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、
特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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