短編小説『バイナリの空の下で』
シャボン玉。そう呼ぶには、その球体はあまりに巨大で、そして鋼鉄の光沢を放っていた。
直径は優に5メートルはある。
それは重力という概念をあざ笑うかのように、地上1.5メートルの位置で完璧な静止を保っている。
「にご、それには触れない方がいいよ」
イヤホンから、アリアの冷静な声が響く。
彼女は数キロ離れたマンションの一室から、非公開回線でこちらを監視しているはずだ。
「アリア、これが見えるのか?」
「……うん、ノイズとして。座標の再構築が始まってる。そこはもう、あんたの知っている場所じゃない」
一人の少年が、母親の制止を振り切ってその巨大な鉄球へと駆け寄った。
子供にとって、それは未知の恐怖ではなく、ただの「大きな玩具」に過ぎないのだろう。
小さな手が、鋼鉄の光沢を放つ表面に触れようとした瞬間、俺の心臓は嫌な音を立てた。
「おい、坊主! 離れろ!」
俺の声は、無音の結界に吸い込まれて消えた。
少年がその表面に顔を近づけ、中を覗き込む。
反射的に俺も足を踏み出し、少年の肩越しにその「内部」を見た。
鋼鉄だと思っていた表面は、至近距離で見れば鏡ですらなかった。
それは、超速で流動する無数の数字の羅列だった。
0と1、あるいは既存の数学体系には存在しない奇妙な記号の群れ。
それらが滝のように上から下へと流れ落ち、重なり合い、遠目には静止した金属の光沢を作り出していたのだ。
ふと、少年の瞳を見る。
彼の黒目の中にも、全く同じ数字の羅列が、恐ろしい速さで同期(シンクロ)していくのが見えた。
「……ねえ、おじさん」
少年が、表情のない顔で俺を見上げた。
「これ、書き換えが終わったら、パパもママも『新しく』なるんだって」
少年の唇が動くたび、その隙間からも青白いデジタルノイズが漏れ出す。
俺は反射的に、少年を呼ぶ母親の方を振り返った。
だが、その姿は。
母親の輪郭が、解像度の低い画像のように激しくジャギーを立てている。
背景にある商店街も、看板の文字が化け、電柱の影が物理法則を無視した角度で伸び始めていた。
「バグか、それともアップデートか……」
俺は震える手で、ポケットの中のスマホを弄った。
画面には「配達完了」の文字の代わりに、見たこともないバイナリデータが、この巨大な鋼鉄の泡から吸い出されるように高速でスクロールされていた。
「ドロップ先に異常。アリア、聞こえるか」
ノイズ。
返答はない。
——いや、違う。
さっきまで繋がっていた回線そのものが、最初から存在しなかったかのように、ログから消えている。
代わりに、背後で母親の叫び声がふっと途絶えた。
恐る恐る振り返ると、そこには立ち尽くす彼女の姿があった。
だが、その輪郭はデジタルノイズのように激しく明滅し、一瞬ごとに「別人」へと書き換わっていく。
俺はPCXのエンジンをかけ、ヘルメットのシールドを下ろした。
ミラーに映る自分の瞳の奥でも、微かに数字の羅列が躍り始めている。
「新しくなる、か。……勘弁してくれよ。俺は今のままで十分、手一杯なんだ」
鋼鉄のシャボン玉を背に、俺はアクセルを回した。
書き換えられていく街の中を、次の配達先へと走り出す。
ナビには、次の配達先まで残り3分と表示されていた。
——世界の終わりにしては、ずいぶん短いな。
あとがき
シロクマ文芸部のお題「シャボン玉」に参加させていただきました。
前回ブログで参加させて頂きましたが、短編で参加するのはいつぶりだろう?というくらい久しぶりです(笑)
さて、最初はほのぼのとした話でも書こうと思っていたものの「シャボン玉」と書き出したところ、なぜか「そう呼ぶには、その球体はあまりに巨大で、そして鋼鉄の光沢を放っていた」と続いていました(笑)
んんっ!?
これはどう考えてもSF!
僕の大好きなSFだなあ!?
じゃあ、このシャボン玉はなんだ?時代は?と考えているうちに子供が急にシャボン玉に向かっていくシーンが思い浮かび、子供が覗き込んだら球体に無数の数字の羅列があったら面白いかなと…
数字の羅列と言えば仮想現実ですよ!
あ、これ続き書けるやつだ…
ということでいつか続き書きます!
って僕の続き書きますほどあてにならないものはないですね(笑)
キャラクターの名前を考えるのがめんどくさかったので主人公の男は2号です!
つまり、ろること2号のスピンオフです(笑)
💻宣伝パート💻
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
この「世界の書き換え」を間近で目撃してしまったあなたは、
バグに抗う覚悟があるなら「スキ」!
アップデートを受け入れるなら「フォロー」!
もし、あなたの街の駅前にも「鋼鉄のシャボン玉」が浮いていたら、
コメントで「世界のパッチ・ノートの内容」をこっそり教えてください(笑)
現在、本編にあたる連載シリーズ『配達員ろること2号』を公開中です🚴♂️💨
今回の短編で見えた「壊れかけの世界」の、その裏側にあるかもしれない、
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フーデリのリアルな稼働ログから、AIイラスト、小説の裏設定という名の「世界のバグ」まで、
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※本作はフィクションです。
登場する人物・団体・地名・出来事などは実在のものとは関係ありません。
また、一部の描写は実在するXユーザーの投稿や活動に着想を得ていますが、
特定の個人・団体との関連性はなく、内容は創作に基づいて構成されています。
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